「思い」を伝えるお手伝い (石水修司/株式会社フィジカルアイ 代表取締役)

四国屈指の観光・産業都市である愛媛県今治市。瀬戸内海に面した風光明媚なこの街で、CG制作会社を経営するのが石水修司さんです。最先端のCG技術を扱いながらも、石水さんが大切にするのは人の「思い」。人生であれ仕事であれ、その軸にあるのは人であり、思いである——そう語る石水さんの剣道は、小学6年生に始まり、現在は錬士六段。ご自身の職歴と剣歴を語っていただきました。

プロフィール

石水修司(いしみず・しゅうじ)
1969年6月15日、愛媛県生まれ。土居高校(愛媛)から近畿大学九州工学部(現・産業理工学部)に進学。卒業後は郷里に戻り、大手総合食品メーカーに23年間勤務。2014年末、45歳で退職・独立し、フリーランスとしての活動を経て、2017年9月にCG制作会社「株式会社フィジカルアイ」を設立した。剣道は小学6年生から始め、現在は錬士六段。4年前からは居合道にも取り組み、二段を取得。主な戦績に今治市職域地域剣道大会3位、愛媛県居合道選手権大会3位。映像制作クリエイターとしてAdobe公式のコミュニティエキスパートに認定されている。

株式会社フィジカルアイ
https://physical-i.jp/

挑戦を続け、後悔のない人生を送る。
父として、自分の背中で見せたかった

――― 愛媛県今治市でCG制作会社「株式会社フィジカルアイ」を経営する石水修司さん。まずはご自身の事業についてお話をうかがいます。

石水  皆さんがまず意外に思われるのは「CG制作を四国の愛媛県で?」というところだと思います。私は愛媛の出身で、大学は九州に進学しました。卒業後は郷里に戻り、県内の企業に就職したのですが、そこでCGとの出会いがありました。仕事のなかで商品をお客さまに説明する機会があり、そのときに実感したのが「言葉で長々と説明するよりも、ビジュアルを用いたほうがはるかに伝わりやすい」ということです。ただ、伝えたいことのなかには、カメラで撮影するだけでは映せないものがある。目に見えないものを表現する手段として私が着目したのが、コンピュータグラフィックス——CGの技術でした。

――― 会社にお勤めの立場で、CG制作を学び始められたのですね。

石水  そうです。社内でCGを制作して見せることを提案し、ソフトや機材を揃えて勉強を始めました。もともとパソコンは得意だったのですが、あの当時は学生時代よりもよほど勉強したと思います(笑)。そうして映像がかたちになってくると、今度は自分のつくるものにどれだけの価値があるのか、それを知りたいという思いが強くなっていきました。しかし、会社という組織のなかでは、それを確かめられる場面はどうしても限られてしまいます。

――― そこから独立を決断されるわけですね。

石水  決断の理由は大きく二つありました。一つは、いまお話しした「自分自身の価値を知りたい」という思いです。そしてもう一つが、子どもたちへの思いでした。私は日頃から子どもたちに「ただ漠然と日々を生きるのではなく、いろいろなことにチャレンジしてほしい。興味が湧いたことには果敢に挑戦して、後悔のない人生を送ってほしい」と伝えてきました。しかし、それを言っている父親自身が、生活のためとはいえ、やりがいを感じられないまま働きに出て、疲れ果てて帰宅している。そんな姿を見せ続けて、はたして子どもたちは挑戦する人生を歩んでくれるだろうか、と考えたんです。挑戦の大切さは、言葉ではなく自分の行動で見せたい、そう思い、2014年末、45歳で退職しました。

――― 独立からフィジカルアイ設立までの歩み、そして事業の内容についてお聞かせください。

石水  独立してからの約2年半はフリーランスとして活動していました。当初は映像制作、ウェブ制作、アプリ開発と幅広く手がけていましたが、しだいにCG制作に専念できるようになり、2017年9月に株式会社フィジカルアイを設立しました。最近ではAIを活用したCG制作にも取り組んでいますが、AIはあくまで道具であり、主軸は人間です。そこの軸はぶらすことがないようにしています。
 そのうえで、当社が大命題としているのが、CGを使って「伝えたいこと」を可視化することです。企業理念として掲げているのは「見えないものを見せる」「伝えたいことを伝える」。プライベートにしろビジネスにしろ、人は伝えたいことがあるからコミュニケーションを取るものであり、「伝えたいことがうまく伝えられない」という悩みは、人生の悩みの大半を占めるのではないかと思うんです。お客さまのその悩みをお手伝いするのが私の仕事で、CGはそのための手段です。ですから、たとえばお客さまのお話をうかがって、もし文章で伝えるのがもっとも適した内容であれば、「CGは使わないほうがいいと思いますよ」とお伝えすることもあります。
 そのなかで当社ならではの強みとなっているのが「流体」です。「流体」は水や煙などの流れをCGで表現するもので、非常に手間のかかる領域と言われています。だからこそ、専門的に取り組む価値があるのではないかと考えました。そして5年ほど前から、この分野を特に打ち出すようになりました。

株式会社フィジカルアイ公式YouTubeチャネル
https://youtu.be/wmeHj5MiS1E

――― 「流体」のCGは、どのようなコンテンツに用いられることが多いのでしょう。

石水  最近は防災関係のコンテンツが多いですね。たとえば火山から噴き出した溶岩がどのように流れていくかの表現や、住宅のキッチンで火災が起きたときに煙がどう充満していくかを体験するVRコンテンツを手がけました。煙は思っている以上に充満する速度が速い。いざというときに悠長に構えてしまわないよう、その速さを体感できるVRとして制作したものです。
 そのほか、医療系のコンテンツに用いられることも多く、大学の医学部の先生からお声がけをいただくこともあります。また、ここ今治は造船をはじめとする舶用産業が盛んな土地ですから、船のタービンやスクリューがつくり出す水流の表現についてお問い合わせを頂くこともあります。

――― 石水さんが感じる、このお仕事の魅力はどんなところにありますか?

石水  CGというと「機械任せの作業」というイメージがあるのか、「誰がつくっても同じなのでは?」と思われることがあります。しかし実際には、つくり手によってまったく異なる映像ができあがる。そこがこの仕事の大きな魅力だと私は思っています。カメラの向け方、カットの割り方、そのひとつとっても、人によってつくり方はまるで違ってきます。映画の作品に監督の個性が表れるのと同じで、随所にクリエイターの色が出る。だからこそ、お客さまから「石水さんにつくってもらったら、とても分かりやすかった」と言っていただけたときは、本当にうれしいです。

――― インタビューの冒頭でも触れられましたが、愛媛県今治市を拠点にCG制作に取り組むことには、どのような思いがあるのでしょう。

石水  私の地元は今治から車で1時間ほどのところで、今治は妻の実家がある街なんです。就職して以降、長くこの街で暮らしてきました。正直なところ、この土地に深い人脈があるというわけではないのですが、剣道を続けているおかげで、道場や連盟の活動を通じて自然と地域とのつながりができている。それがこの街で暮らし、働くうえでの支えになっていると感じます。
 いまは地方にいながら全国的に仕事を展開できる時代で、実際に東京や大阪のお客さまは多いですし、ニューヨークのお客さまもいらっしゃいます。リモートでの打ち合わせなど、働く環境はずいぶんと整いました。それでも「会って話したい」とおっしゃるお客さまがいるのも事実ですし、都市部のクリエイターの仲間たちから仕事をご紹介いただくことも多い。今治に腰を据えながらも、東京や大阪には頻繁に足を運ぶようにしています。

六段審査に挑み、つかんだ合格。
「剣道人生で初めて認められた気がした」

――― お仕事の話に続いて、石水さんの剣歴もお聞かせください。

石水  出身は愛媛県の四国中央市で、剣道は小学6年生から始めました。もともと祖父が柔道の有段者で、父はその祖父に柔道をさせられて育ったそうです。父は本当は剣道がしたかった。その思いが強かったのでしょう、大人になってから剣道を始め、やってみたらずいぶん楽しかったようで、父が私に剣道を始めるように勧めた、というのがきっかけになります。
 地元の道場に入門し、中学でも剣道部に入りました。当時は体も小さく、とにかく打たれ続けるのがつらかったことを覚えています。高校は地元の土居高校に進み、ここでも剣道部に入りましたが、部員数が少なかったこともあって試合には出ることができました。楽しい思い出はあるものの、稽古量も多くはなく、試合で勝てるようなことはなかったですね。
 本格的に剣道を教わったのは、大学生になってからです。進学したのは福岡県飯塚市にある近畿大学九州工学部(現・産業理工学部)で、2年生のときに体育会の剣道部へ途中入部させてもらいました。体育会への途中入部ですから、風当たりを感じることもありましたが、指導者の先生に初めてしっかりと剣道を教えていただき、結果的には入部して本当によかったと思っています。
 大学を卒業して就職してからは、仕事が多忙だったこともあり、10年ほど剣道から離れていました。仕事に余裕ができ、子供が幼稚園に入ったタイミングで「ここで体を鍛えなければ、いずれ動かなくなる」と思い立ち、住まいの近くで活動している富田少年剣道会に入会しました。10年ぶりに竹刀を握ってみると、自分でも驚くほどよく転んで、体の衰えを実感しましたね。幸い道場の仲間にも恵まれ、少しずつ稽古回数を増やしながら現在に至ります。

――― 現在の稽古のペースは?

石水  いまは週に4、5回ほどです。2年前、六段の受審を控えていた時期は、審査へのかなりの危機感もあって週に7回、8回と稽古をしていました。上位の先生方にお願いして稽古をつけていただくなど、できる限りのことをした期間でしたね。

――― 石水さんにとって、六段審査への挑戦と合格は大きな経験だったそうですね。

石水  はい、全国審査で評価をいただけたことは、本当にありがたい経験でした。私は剣道を始めたのが小学6年生からと遅く、その時点で周囲からは出遅れていました。中学、高校、大学と進んでも状況は変わらず、試合ではなかなか勝てないまま続けてきた剣道です。それでも長く続けてきたからこそ、自分の剣道にどれほどの価値があるのかを知りたい、という思いがありました。社会人の剣道では、試合の勝ち負けだけでなく昇段審査が大きな目標になると思っています。全国審査で評価をいただけたことで、自分の剣道人生において初めて「これで間違っていなかったんだ」という実感を得ることができました。
 六段への準備は、五段を取得した直後から計画的に進めてきました。特別なことをしたわけではなく、面打ちをはじめとする基本の見直しです。それを受審の1年前までずっと続けました。そして受審にあたっては、妻にお願いをしました。「この1年の間にある審査会を受けさせてほしい。1年頑張って受からなければ、六段はあきらめるから」と。審査は年に数回あるとはいえ、受審には時間もお金もかかります。だからこそ期限を区切り、覚悟を決めて臨みました。その結果、一回目の名古屋での審査は不合格でしたが、二回目の福岡での審査で合格をいただくことができました。

――― 合格に至った要因は、どこにあると感じますか?

石水  運のよさもあったとは思いますが、ひとつ挙げるなら「剣道ノート」です。稽古で先生方からいただいたアドバイスをテキストとして記録しまとめ、それをAIに読み込ませて、審査への傾向と対策を整理してもらう。まとめた情報を読んでまた稽古に行き、そこでいただいたアドバイスをまたAIで整理する。これを繰り返していくうちに、自分の課題がはっきりと見えてきました。それまで感覚頼みだった稽古の課題がロジックとして整理されたことで、解決までの道のりがずいぶん明確になった感覚があります。
 合格した福岡の審査では、相手がよく見えていた感覚がありました。「審査中のことは夢中で覚えていない」という方も多いのですが、私は相手の動きも、自分の放った一本一本も鮮明に覚えています。「こう攻めれば相手はこうなる、だからこう打つ」という事前のプランが読みどおりに当たった。それが合格につながったのだと思います。仕事でも剣道でも、AIはまさに「使い方次第」ということを改めて感じました。

――― 最後に、お仕事と剣道、それぞれの今後の展望をお聞かせください。

石水  まずは何よりも仕事です。社会人である以上、仕事があってこその剣道だと考えています。そのうえで、この1年の仕事のテーマは、今後10年食べていけるノウハウと会社のスキルを明確にすることです。先日、自社のホームページに手を加えたので、今度はその先——お問い合わせをいただいたあとの流れや営業のアプローチ、構成シナリオの組み立て方といった「仕組みづくり」に取り組んでいきます。先の読みにくい分野だからこそ、先読みが重要になると考えています。
 剣道については、現在、今治市越智郡柔剣道連盟の専務理事を務めています。自分の稽古だけでなく、後進の育成や剣道の振興に力を尽くすことが求められる立場です。社会貢献の一環として、元立ちを務めること、指導にあたることは今後も続けていきます。個人的な目標は七段審査への挑戦です。受審できる時期は決まっていますから、六段のときのノウハウを活かして、計画的に準備を進めていくつもりです。六段のときに支えてくれた妻への感謝も込めて、次の審査は少し肩の力を抜いて、旅行を兼ねるくらいの気持ちで臨めればと思っています。

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