人との縁を大切にしたいから、可能な限り要望に寄り添う(田原博/エムズジャパン 代表)

飲食店や販売店などではもちろんのこと、剣道や各種スポーツの会場でも自然と目に入ってくるのは団体、チームでお揃いのプリントが施されたTシャツやアイテムを身にまとう人々の姿。同じロゴ、ワードが描かれたアイテムを身につければ、自然と皆の一体感は高まり、目標に向けての足並みも揃ってくるものです。
群馬県前橋市を拠点とするエムズジャパンは、オリジナルのプリントウエアを取り扱うサイト「ORI-T.JP」の運営会社で、その代表を務める田原博さんは週に3回の稽古に励む剣道家でもあります。
リーズナブルな価格設定、依頼主の抱える不安を払拭するための出張訪問打ち合わせなど、丁寧な対応が好評のエムズジャパン。新たな剣縁メンバーとなった田原さんに、お仕事への熱意と剣道への思いをうかがいました。

プロフィール

田原博(たはら・ひろし)
1970年3月28日長野県生まれ。小学生時代に群馬県前橋市に移り住み、前橋西高校(群馬)から亜細亜大学に進学。大学卒業後、郷里・群馬へと戻り地元企業に就職。その後、父親の経営する衣料品の卸業に携わる。その過程で依頼を受けたのがTシャツへのプリント作業で、以降はその事業をメインとしたエムズジャパンを立ち上げる。
剣道は小学生からはじめて、中学、高校、大学と剣道部に所属。大学卒業後は地元の道場に通い、現在は前橋市で活動する剣獅舘に所属。少年指導に携わりつつ、自身の稽古に励んでいる。剣道教士七段。

エムズジャパン
https://ori-t.jp/

田原さんが手がける剣道のチームTシャツ。お揃いのプリントのTシャツを着用することで、チームは一丸となり士気も自然と高まる

きっかけは剣道のチームTシャツ。
お客さまの立場に立った丁寧な対応が好評を博す

――― オリジナルプリントウェアの販売店「ORI-T.JP」を運営するエムズジャパン、その代表を務める田原博さんにお話をうかがいます。ぜひ田原さんご自身から、その主な事業内容をお話しいただければと思います。

田原  取り扱う商品については、Tシャツをメインにしながらもバッグだったりパーカーやトレーナー、ワイシャツ、エプロン、キャップなど、プリントができるものであればなんでも対応するようにはしています。事務所は群馬県前橋市に構えていますが、ここは店舗というわけではなくて作業場として使っているんです。基本的には受注は「ORI-T.JP」のサイトからいただき、こちらからお客さまのもとに打ち合わせにうかがい、実際にサンプルを見ていただきながら打ち合わせをしてデザインを決定。そこから製作に取りかかるというのが主な仕事の流れです。そんな事業をもう18、19年ほどやらせていただいています。

――― ご依頼はどのような方から受けることが多いんでしょうか?

田原  スポーツ団体のチームTシャツもあれば、企業や工場、飲食店のTシャツもあります。海外派遣に行く方から「派遣先の現地の人たちへプレゼントしたいから」というご依頼を受けたこともありますし、ご高齢の方々の歌のサークル団体や老人会、町内会の集まりで、なんていうご依頼も多いです。皆さんに「オリジナルのプリントTシャツの仕事をしていて・・・」なんてお話をさせていただくと、「Tシャツの仕事だけでやっていけるの?」なんて驚かれることも少なくないのですが、実際のところその事業でなんとか生計を立てることができているので、皆さんが思っている以上に需要はあるのかもしれません。

――― たしかに、そうお話をうかがってみると、たとえばちょっと街中に出てみるだけでも、各種販売店や飲食店などでもお揃いのプリントが施されたウェアをたくさん見かける機会がありますね。剣道の大会会場に足を運べば、多くの少年団体のメンバー、保護者がお揃いのウェアを身にまとっている姿をたくさん目にします。

田原  この事業をはじめるきっかけになったのが、まさにその剣道のチームTシャツなんです。私は亜細亜大学を卒業したのですが、大学卒業後は地元へ戻ってきてある企業に勤務していました。その会社で2、3年勤めたあと、父親が営んでいた会社に就職し、それから衣料品の卸業に携わることになったんです。当時は催事の仕事も請け負っていたのですが、大きな催事となるとどうしても在庫を抱えてしまうことが多くて、それがひとつ悩みの種でもありました。そんなとき、剣道関係の先輩から受けた相談が「部活動のチームTシャツをつくれないものか」というものだったんです。過去にプリントTシャツをつくった経験はありませんでしたが、在庫の消化としてもありがたい話でしたから、なんとかプリントをしてくれる業者さんを探して一応商品は完成。ご依頼主の先輩にも喜んでいただけてひと安心したところ、その話をどこかで聞きつけたのか、ちょこちょことプリントTシャツの注文が舞い込むようになったんです。

これを本格的に事業化しようと思ったのが、関東中学校剣道大会で、そのオフィシャルTシャツのご依頼が来た。それなりの金額が動くご依頼だったこともあって、それならば事業化しようかと、そこで決断をしたんです。はじめこそ、デザインもしてくれるプリント業者さんにお願いをしていたのですが、しばらくするとその業者さんが「デザインはそちらでやってください」と言ってきた。仕方がないので、グラフィックデザインソフト「イラストレーター」を独学で学んで、それからは自前でデザインを考えるようになりました。その後もプリント業者さんからの注文は多くて、なにかと「これはできない」という意見が多くなってきた。私自身もまた、追加でTシャツを1枚という小ロットのご依頼を受けてしまうもので、それが業者さんとしてはイヤだったんでしょうね。だんだんと断られるようになりました。となると、これはもう自分でやるしかないと判断して、自分自身でプリントする機械も購入して、業者さんに頼ることなくデザインからプリントまでを自分でやるようになって。ですから、この作業場では基本的な工程については自前で完結できるようになりました。

仕事上のやむを得ない事情によって、プリントする機械を自ら購入。結果的に基本的な工程を自前で完結できる環境が整った

――― ホームページを拝見しましたが、商品紹介や注文方法がとても分かりやすくデザイン、表記されているよう感じました。その上で、さらに出張訪問打ち合わせをしてくれるという点はエムズジャパンさんならではの特徴かと思うのですが。

田原  そうですね、北関東エリアが中心とはなりますが、可能な限りお客さまのもとに足を運んで対面での打ち合わせをさせていただきますし、それが皆さんにはご安心いただけているひとつの要素だとも感じています。私自身、事業を立ち上げるにあたっては同業他社のサイトを覗いてみましたが、訪問して打ち合わせをするという業者はやはり多くはないですね。

――― 実際にお客さまのもとに出向くとなれば、これは確実なひと手間でもあります。それでもあえて出張打ち合わせをする理由とは?

田原  はじめてつくる方にしてみれば、プリントウェアの注文とはいうのは意外に複雑なものなんですよね。たとえばプリントするには「版」というものもが必要となってくるのですが、業者によってそれは1年しか使えないとか2年しか使えないとか、なかには3カ月で終わりとかさまざまなんです。また、1回目の注文こそ安いけれど追加注文となるとまた金額が格段に変わってきたりもする。といったように、頼む側からすれば不安に感じる要素が少なくないので、それならば実際に伺ってお話をさせていただいたほうがなにかと伝わりやすいと思ったからです。

これは私の父が言っていたことでもあるのですが、「相手のことを思えば、こちらが相手の土俵に出向くべきだ」と。お客さまにこちらの事務所に来ていただくとなると、どうしても身構えてしまう部分があると思うんです。疑問点や不安があっても、遠慮して質問できなかったりもする。そこでこちらが向こうの土俵にうかがえば、たとえばサイズ感に不安があって、あちらの関係者の方も数人いるような状況であれば、そのなかの誰かが「これってサイズは大丈夫ですか?」と質問がしやすいはず。とにかくお客さまに安心していただきたいという思いがあるので、追加分などのご注文についても、口頭でもメールでもファックスでも承っていますし、難しい入力作業などはないように配慮しています。

また、価格についても、そもそも私はあまり相場に詳しくなかったものですから、ネット上で目にする価格を参考に設定しました。この業界にはリーズナブルで有名な業者もいますが、ウチの場合にはある一定以上の枚数のご注文であれば、そこよりもさらにリーズナブルな価格で商品をご提供できると思います。

――― 「お客さま目線」という表現でもむしろビジネスライクに感じるほど、田原さんはお客様にしっかりと寄り添っているんですね。それ以外のアピールポイントがあれば、ぜひ遠慮なく田原さんからご紹介ください。

田原  それ以外で言えることとなると……たとえば小ロットのご注文でも承るということでしょうか。

――― かつてプリント業者さんに拒まれたように、小ロットの注文というのは本来はご苦労される部分なのではないですか?

田原  そうですね。そもそもプリントをするセッティングにはけっこうな時間がかかるもので、それは大量の注文でも少量の注文でもかかる時間はさほど変わらないんです。また、プリントに使う版は注文量に関わらず使用後には必ず洗わなければならないので、そういったところが小ロットの注文がイヤがられる大きな理由かと思います。

――― その負担の解決方法は?

田原  それはもう、自分が頑張れば良い、ということで解決しています(笑)。私自身、売り上げがほしいというよりは、お客さまとの繋がりがなくなってしまうことのほうがイヤなんです。「田原に頼めばなんとかしてくれる」ということで信頼をいただいているお客さまも多いので、最終的にお断りをするにしても、とりあえず一度やってみてから、という思いがあるんです。それが結果として、次の仕事や専門外かもしれないけれど近しい内容のご依頼にもつながることもあるので、可能な限り、頼ってくださる方の要望には向き合いたいんです。

最近ではTシャツにとどまらず、剣道用品で言えば手拭い文字のプリント、袴の腰板への文字プリントなども注文が増えてきているそう 

節目ごとに訪れる不思議な出会いと幸運。
大人ならではの剣道への向き合い方がとにかく楽しい

――― 剣道家でもある田原さんのいままでの歩み、剣道歴についてもお話をうかがいたいです。もともとのご出身は、やはり群馬県ですか?

田原  いえ、もともとの生まれは長野県で、一族はいまも長野で暮らしています。群馬へは私が小学3年生のときに父の仕事の都合で移り住んで、いまはもうこの前橋市で人生のほとんどの時間を過ごしています。

剣道をはじめたのは小学5年生のとき。当時仲のよかった友だちが剣道の道場に通っていて、彼に誘われて私も道場へと通うようになりました。私はあまり運動が得意ではなかったのですが、とりあえず道場に行ってみると剣道はそんなにイヤには感じなかったんですよね。

その後、中学校は地元の学校に進学して、ここでも剣道部に入部しました。当時は剣道人口も多くて、部員は20人ほどいた記憶があります。当時の部活動は練習試合もほとんどしないような環境でしたが、県大会には団体戦と個人戦の両方で出場することができた。運よくそんな結果を残せたことで、高校でも剣道部に入部しようと考えるようになりました。とはいえ、当時はどこが剣道が強い学校なのかという情報もよく知らないので、自分の学力を考慮した末に前橋西高校という学校に入学することになります。学校自体がまだ新しく、剣道部は私の代でまだ3期生。専門の指導者はおらず、週に1回、地元のご高齢の先生がいらっしゃるような環境でしたが、それでも先輩方は自主的に稽古に取り組んでいたのが印象的でした。そんな環境でしたから、なかなか試合経験も積むことも叶いませんでしたが、私たちの代は群馬県大会ではベスト8に進出することができたんです。いま思えばよくそこまで勝ち上がれたなと不思議な思いがしますが、そんな経験によって大学でも剣道をやってみたいという意欲が心に芽生えたんです。

私が進学した亜細亜大学はちょうどその当時、大会で活躍していたこともあってか、剣道専門誌の記事に取り上げられていました。偶然その記事を読んだことで亜細亜大学への興味が湧き、剣道部に入部することが目的で進学をしました。私自身はもちろん剣道推薦ではなく一般の受験組。当時の同期たちはそのほとんどがインターハイに出場しているレベルの選手ばかりでしたから、入学してみて周囲とはかなりの実力差を感じましたね。当然、大学では試合に出場するチャンスはなかったのですが、印象に残っているのは4年生の最後の寒稽古で、当時師範をされていた八段の先生に稽古にかかったところ、その夜の打ち上げの席で、「今日かかってきた田原という学生がなかなかよかった」とお褒めの言葉をいただけた。その言葉が私の心に強く刻まれて、それでなんとなく社会人になっても剣道を続けようかなと思うようになったんです。

――― 中学から高校、高校から大学、そして大学から社会人と、人生の節目節目で、その後も剣道を続けるような出来事に恵まれるんですね。

田原  おっしゃるとおりで、私は運が良いというか、いろいろな方々に助けられたことでいままで剣道を続けてこられたと思っているんです。現在私は前橋市で活動する剣獅舘という道場に所属させていただいているのですが、この道場を立ち上げた先輩とのはじめての出会いは、大学を卒業して就職した地元の企業でのこと。その方は私の2学年上で、県内の強豪校・前橋商業高校のキャプテンだった先輩で、偶然にも私が就職した会社に先に勤めておられたんです。その先輩がなにかにつけては「稽古をしよう」「試合に出よう」と誘ってくださり、いろいろな剣道関係の方を紹介してくださって、自然と人とのご縁が広がっていったような感じですね。

――― 現在の田原さんの稽古のペースは?

田原  もう10年ほど通っている剣獅舘の稽古が木曜日にあって、そのほかには前橋警察署の稽古会があり、毎週日曜日の朝には有志で集まっての稽古会を主催しています。とくに日曜朝の稽古会が私にとっては大きな楽しみのひとつで、やはり同世代の仲のいいメンバーが集まることもあって、他愛もない話をして稽古をして、そして季節の節目の夜は飲み会をするという一連の流れがとても楽しいですね。来るもの拒まず、のスタンスですから、ときに他県の方も参加してくださったりして、また人との輪が広がっていくのも大人の剣道ならではの楽しみだと感じています。

――― それでは最後に、お仕事と剣道と、田原さんの今後の展望や目標などあればお聞かせください。

田原  実はすでに一部のお客さま先では実現できているのですが、仕事で剣道関係のお客さまのところに出張打ち合わせに行った際、打ち合わせを終えたあとに稽古に参加させていただいているんです。お客さま先に出向く機会は、打ち合わせだけでなく、納品、集金などいくつかタイミングがあるので、そのたびにどこかのお客さま先で稽古ができる流れが習慣化できればどんどん人の輪が広がっていくことにもなりますし、私にとってそんな幸せなことはないと感じています。

現在教士七段、八段審査にチャレンジ中だという田原さん。前橋市の剣獅舘に所属し、週に3回の稽古に励む

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