妊娠前のヘルスケアを指す「プレコンセプションケア」というワードは一般的にはまだまだ馴染みが薄い言葉ながらも、いま医療の世界では大きな注目を集めています。その普及・啓蒙活動に取り組んでいるのが、助産師・近藤優実さんと看護師・青木春奈さんが立ち上げた一般社団法人日本プレコンセプションケア協会で、剣縁法人会員のNPO法人医療ガバナンス研究所、上昌広理事長のもとで日々研鑽を積んでおられます。
「妊娠前のヘルスケア」と聞くと出産を望む女性ばかりがその対象と思われがちですが、近藤さん、青木さんのインタビューからは、対象者の性別を問わず、人が健康に生きていくために知っておくべき大切な知識・学びであることが伝わってきました。
プロフイール

近藤優実(こんどう・ゆうみ)
1995年1月17日神奈川県生まれ。清泉女学院高校(神奈川)から東京医療保健大学に進学。大学卒業後、看護師として病院勤務を経たのち、2021年より助産師としてバースハーモニー美しが丘助産院に勤務している。2024年に一般社団法人日本プレコンセプションケア協会を立ち上げ、現在は協会の代表を務める。

青木春奈(あおき・はるな)
1997年3月9日新潟県生まれ。長岡向陵高校(新潟)から城西国際大学に進学。看護師としてナビタスクリニック立川に勤務しながら、2024年に近藤さんとともに一般社団法人日本プレコンセプションケア協会を立ち上げ、そのメンバーとして運営に携わる。
一般社団法人日本プレコンセプションケア協会
https://www.jpreconceptioncare.com/
健やかな人生を送るために
たくさんの人に知ってほしい知識がある
――― 今回は一般社団法人日本プレコンセプションケア協会の代表・近藤優実さんとメンバーの青木春奈さんにお話をうかがいますが、不勉強で恐縮ですが「プレコンセプションケア」というワードをいままで知らずにいました。ネットで情報をざっと調べてみれば「性別を問わず、適切な時期に性や健康に関する知識を持ち、将来のライフプランを設計すること」といった意味合いの言葉だそうですね。
近藤 そうなんです。この言葉自体が日本に入ってきたのが2018年のことで、もともとは2012年にアメリカで生まれた言葉です。私自身が知ったのも2023年と比較的最近のことなのですが、いまとなれば看護の授業などでもこのワードが当たり前に使われているくらいに日本でも広まってきています。
私がそもそもこの「プレコン」に興味をもったのは、いまの自分の仕事がきっかけなんです。私は現在、助産師として助産院に勤務しているのですが、助産院に来院されるような方々は、妊娠前の時点から自分がどんなお産をしたいのかをしっかりと考えておられるケースが多い。そんな方々と接するうちに「この方たちに自分が望むようなお産をしてほしい。そのためにはまず妊娠する前の体づくりから興味を持ってもらうことが大切なんじゃないか」と考えるようになって、自分なりにいろいろと調べるようになりました。
その結果、出会ったのがプレコンという言葉で、そこからさらにプレコンについて調べていけば、それは決して妊娠を望んでいる段階の人たちばかりを対象にしたものではなく、第二次成長期くらい、つまり10歳くらいから知っておくべきであるような大事な知識なのだと知りました。私自身、助産師として勤務するなかでは学校での性教育などにも関心があったものですから、それでなおさら興味が湧いたわけです。
プレコンという言葉を知らなくても、皆さん「不妊治療」や「妊活」という言葉はどこかで耳にしたことはあるかと思います。プレコンもまたそれらと混同されがちなのですが、さっき言ったようにプレコンは第二次成長がはじまるころから少しずつ育てていくものですから、いますぐ妊娠を希望しているかどうかに関わらない話なんです。
青木 たしかにプレコンと妊活とでは一見似ている部分もあるので、妊娠、出産すること自体がゴールかと思われがちですが、私たち自身はそうは考えていません。自分が納得して選んだ決断がその人にとってよいものであることが一番大事で、それはたとえば妊娠するタイミングもそうだし、もしかしてそのタイミングで妊娠しないという選択をすることも、それがその人にとって納得のいくものであればいい、という思いで活動しています。まずそもそも望んだ妊娠、望んだ出産をするためには、その方が心身ともに健康であることが大前提。そして、心身が健康である、ということに関しては性別を限るものでもありませんから、女性であれ男性であれ必要となる知識ばかりなんです。

多くの「命の現場」に立ち会ってきた二人が「日本プレコンセプション協会」を立ち上げた
――― 「妊娠」のみにとらわれず、幅広い意味で「健やかに生きていく」ということですね。となれば、その対象者はたしかに一気に広がりを見せます。それではなぜ、お二人はご自身たちでそのプレコンの協会を立ち上げようと思ったのでしょうか。
近藤 国立成育医療研究センターが発表しているプレコンは、たとえば「20代前半で妊娠したほうが」とか「35歳以上だと高齢出産になるから」とか、年齢を軸にした書き方で表現されているんです。でも人生はやはり人それぞれで、それぞれの節目のタイミングによって生き方も変わっていくもの。それなのに年齢だけを基準にしてそれを人生に当てはめるのはどうなんだろう、と。その点に違和感を覚えたことから、自分たちで協会を立ち上げることにしたんです。
――― 青木さんはその活動にどのようにして関わられるようになったんですか。
青木 近藤さんとの出会いは2024年のことで、私はいま小児科のクリニックで働いているんですけど、そこで「ステキな助産師さんがいるから会ってみる?」と紹介されたのが近藤さんでした。私自身、助産師の資格取得に興味があったので会わせていただいたのですが、そこで近藤さんに教えていただいたのがプレコンのこと。お話を聞いてみて「私もそういうことがすごく大事だと思うんです!」って感銘を受けて、そこからいっしょに活動させていただくようになりました。
近藤 青木さんはその前にアメリカ留学をしていて、そこでの経験が大きかったみたいで。私自身も彼女の体験談を聞いてとても勉強になったし、彼女とだったらぜひいっしょにやりたいと強く思うようになったんです。
青木 私は大学卒業後、看護師として4年ほど勤務したのちに一旦退職をして、かねてから希望していたアメリカへの留学を叶えていたんです。アメリカは医療費がとても高いという事情もあって、アメリカのお母さんや子どもたちは病院にかかる前にまず自分たちで治そうという意識が強いんです。だからこそ、お母さんたちは休みたいときに休むし、いま自分の体がなにが必要なのかをしっかりと理解して食べるべきご飯を選んでいる。とにかく自分自身へのヘルスケアが上手なんですよね。
私は現地ではホームステイをしていて、ホームステイ先のお宅では赤ちゃんのベビーシッターをしながら生活をしていたんですが、とにかく向こうの子育て事情が日本とは大きく違うことに驚かされました。育児や家事は基本的に旦那さんがサポートしますし、お母さんも自分だけでの育児が難しいと感じればムリをすることなく当然のようにベビーシッターに頼る。これが日本の場合はどうしても「お母さんなんだから自分がしっかり子育てしないと」というプレッシャーがまだまだ強い印象がありますが、アメリカのお母さんは自分自身が無理なく、楽しく生きていく方法を選ぶのがとても上手。周囲の人たちもママが子どもをベビーシッターに預けることについて特別視もしませんし、子どもたち自身も「自分はお母さんに愛されていない」なんて思わない。それどころかむしろ「ママはお仕事をがんばっているんだ」という評価をするんです。
アメリカでそんな体験をして、私自身これはとてもいい文化だなと思ったし、ぜひ日本でもこれをどうにか広めたいと思った。そこで帰国して近藤さんとお話をしてみたら、教えていただいたプレコンのお話が私のそんな思いに重なる部分が多くて驚きました。

近藤 私たちが妊娠や出産をゴールには設定していないことはお話ししましたが、可能な限りその人の生涯に寄り添っていくことがプレコンだと考えると「ママ」という立場の人たちを大切にするのもごく自然なこと。とくに日本ではママになるとどうしても「子育てがタイヘンでご飯を食べる時間もお風呂に入る時間もない、ましてやオシャレなんて…」とネガティブなイメージばかりが広がっていますけど…。
青木 日本で小さい子どもを連れて外に出かける場合、たとえばレストランに行くのも電車に乗るのも、周りの人に迷惑をかけないようにしなきゃって思うのが普通だと思うんです。でもアメリカでは全然そんなことはなくて、街を歩けば「あなたの赤ちゃん、かわいいわね」と誰かしらが声をかけてくれたり、レストランで赤ちゃんが泣いていれば店員さんが「私があやしておくからアナタはご飯食べていていいよ」と言ってくれたり、街のみんなが「かわいいね」って集まってきてくれるんです。だから赤ちゃんを連れて歩くのがすごく楽しい。これが日本となると、近藤さんもお話したように「育児が楽しい」という話を聞くことはあまり多くはありません。もちろん実際に育児はタイヘンなことが多いけれど、それでもきっと楽しい部分もある。だからこの日本でも、私がアメリカで感じたように「育児って楽しい」というイメージが少しでも広まれば、私も子どもが欲しい、と望まれる方がもっと増えるはずだと思うんです。
近藤 協会を立ち上げるにあたって、私たちなりにその理念を考えたのですが、それが「自分の最好なパートナーと最好なタイミングで家族になるサポート」というもの。「さいこう」の「こう」に「好」という漢字をあてているのは「もっとも好んだ」という意味合いで、生きていればいきなり恋に落ちることもあるわけですが、やっぱり最終的にはご自身がもっとも好きだと思う方とゴールインしてほしいという気持ちがあるからです。
そして、この理念のなかで私たちが一番大事にしているのが、冒頭にある「自分の」という部分。なによりもまずその人自身に「自分は大事な存在」と知ってもらうことが大切なことで、恋愛をするなかでは好きな相手に嫌われたくないから言いたいことも言えなかったり、ママという立場になったら弱音を吐いてはいけないという思い込みもまだまだ強いですが、なによりもまず大切なのは「自分」が幸せかどうか。自分自身が健やかであるためには、「こうあらねばならない」という固定観念にとらわれることはないんです。
協会の立ち上げ記念日として設定しているのは2024年の10月16日なのですが、これは「十人十色」という言葉に因んだものです。「十人十色」だと10月10日じゃないかと言われがちですが、そこは「といろ」という音の響きを重視してこの日を選びました。そんな部分でも「こうあらねばならない」という思い込みをあえて無視しています(笑)。
――― 協会としては、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
近藤 プレコンを広めるための講演会の開催と、自分の勤務する助産院の場所を借りてのプレコンセプションケア外来、そしてオンラインでの個別相談ですね。
――― やはり相談者の方は皆さんそれぞれに悩みをお持ちなんですね。
近藤 その「悩み」というのはとてもいい表現で、プレコン自体がこれまでなかった単語なので、皆さんまだまだ「これって人に相談していい悩みなのかな?」という時点で躊躇されている方が多いのが現状なんです。私たちはこの事業を進めていくなかでいろいろな方からアドバイスをいただいてきたのですが、たとえば「自分はプレコンという言葉も知らず、そういう取り組みもしてこなかったけれど、子どもはもう無事に成人までしている。本当にプレコンって必要なの?」というご意見もありました。
たしかにプレコンを知らなくても出産、育児をまっとうされる方が多いのも事実ですが、それではたとえば不妊治療にかかる負担の知識などはどの時点で知っておくべきなのか。実際のところ、不妊治療となると一回でだいたい3万円から5万円くらいのお金がかかって、最終的に赤ちゃんをもうけるまでに100万円から150万円くらいお金がかかる。金銭的な負担はもちろんのこと、治療するにも病院に行く時間的な手間もかかれば、精神的な負担もかかるわけで、そんな事実も自分が不妊治療の当事者になってはじめて知るケースがほとんどだったわけです。でも、その知識を、それこそ第二次成長期がはじまるくらいから知っておくことができれば、前もって充分な準備もできますし、いざというときにスムーズに対応することができる。知っておいて損はない知識だと思うんです。
青木 私たちはちょうどアラサーと呼ばれる世代のど真ん中にいるんですけど、この年齢はちょうど妊娠や出産に悩まされる時期でもあります。でも、じゃあ具体的になにに悩まされているのかと言えば、別に自分が不妊症と診断されたわけでもなければ、緊急で病院に相談に行くようなことも起きてはいない。ただ漠然と「私はこのままでいいのかな」「いつか自分も妊娠することがあるのかな」とかいうモヤモヤに悩まされているだけなんです。でもこのモヤモヤを誰かに聞いてほしい。そこでもし、医療職に就いているちゃんとした知識がある人にカジュアルに相談できる場所があるならば、それはもう私自身だって通いたいと感じます。

多くの死と向き合うことで
命の輝きに魅せられて
――― この剣縁のインタビューに登場される方々の多くは剣道経験者で、毎回それぞれの剣道歴などをうかがっているのですが、お二人は剣道未経験。とはいえ、医療の道も志がなければ歩むことのない道だと思いますから、ぜひご出身のお話や医療職を志した経緯などをお聞きできれば。
近藤 私は神奈川県の横浜出身。生まれたのは1995年の1月17日で、この日は阪神淡路大震災が発生した日なんです。振り返れば私の人生は震災とともにあって、年齢も4歳くらいになると世のなかのことも少しずつ分かってくるわけですが、自分の誕生日の新聞を見てみれば毎年被災して亡くなられた方々への追悼の記事が載っていますし、学校の朝の会などでも先生から「今日はたくさんの方が亡くなられた日で・・・」というお話があったりする。「えっ、私の誕生日なんだけど」と驚きつつも、子どものころから自然と「生きること死ぬこと」への意識が芽生えていたように思います。
さらに、自分の将来のことを考え出す高校生になると、そこで発生したのが東日本大震災。当時は私自身ボランティアとして被災地にも足を運んで、それでまた「生と死」というものに向き合うようになった。それがきっかけとなって、看護師を目指すようになりました。大学を卒業後、看護師として病院に勤務していたのですが、病院で働いていれば亡くなる方たちにもたくさん出会う一方で新たな命が誕生する瞬間にも立ち会う。そこで改めて、命の誕生をサポートしたい、と考えるようになって、助産師の学校に通うようになり、2021年から助産師として助産院に勤務しています。
――― 助産師さんというお仕事のやりがいなどもうかがえますか。
近藤 いま助産院でお産の現場に立ち会うなかで、命を授かる過程だったり家族がスタートする瞬間に立ち会えることはやっぱり楽しいです。それと、助産師って赤ちゃんに一番最初に触れる立場で、赤ちゃんを抱きながら「産まれましたよ!おめでとうございます!」とご家族に言えるのが助産師ならでの特権(笑)。産まれてきた命に一番に「おめでとう」と言えることがなによりも幸せなことだと感じます。
――― それでは青木さんのご経歴は?
青木 私は新潟県の長岡市出身です。近藤さんとはまた違って、もともと医療の道への強い憧れや意志があったわけでもないんです。多くの方がそうであるように、人生の節目となる高校3年生のときにはじめて自分の将来のことを意識するようになって、「私はなにが好きなんだろう?」と真剣に考え出したんです。そこでなんとなく思ったのは「人の役に立ちたいな」ということ。私は人としゃべることも好きだったので、漠然と「人とコミュニケーションを取りながら役に立てる仕事がいいな」と考えるようになりました。
そんなとき、テレビで再放送していたのが「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」という医療ドラマで、私はもともとこのドラマが大好きだったのですが、改めて見返してみると女優の比嘉愛未さんが演じる看護師さんがとてもカッコよくて、看護師さんこそ人とコミュニケーションを取りながら役に立てる仕事だと気づいた。それで看護師になることを目指して、千葉県にある大学に進学することになるんです。
大学を卒業したあと、オペ室の看護師として勤務するなかでは、やはり生と死の境目に立ち会う場面もあって、改めて命の重たさというものを知ることができました。オペ室での勤務を4年ほど経験したところで、一旦その仕事はひと区切りして、夢であったアメリカ留学をするわけですが、向こうでのベビーシッターの経験から赤ちゃんが成長していく過程は奇跡だと感動をして、帰国後には小児科のクリニックに勤務することになります。助産師という職業にも興味が湧いてそれで近藤さんと出会ったわけですが、近藤さんから教えてもらったプレコンこそが私のやりたいことの本質だなと感じて、いまがんばっているところです。
――― インタビューの最後に、お二人が思い描く今後の展望などをお聞きしたいと思います。
近藤 いま私たちが課題ととらえているのが、やはりプレコンの認知度の部分。プレコンという存在を知らないがゆえに、環境的にはぜひご相談をしていただいたほうがいい立場の方たちがまだまだ相談できていないのが現状なので、ぜひその認知度を高めていきたいです。
青木 ゆくゆくは第二次成長がはじまったくらいの小学生たちに対して、授業の一環としてプレコンを伝えていきたい。そしてそんな環境が日本では当たり前になるのが私たちの大きな夢ですね。
――― 今回、このインタビューを読んで、たとえば学校の授業などで自由に使える時間があって、お二人に「プレコンセプションケアについてのお話をお願いしたい」なんていう依頼があれば大歓迎だと。
近藤 それはもちろん!もし、そんなご依頼があるならば、私たちはどこまでだって行きますよ(笑)。

どんなことでも相談しやすい雰囲気が一番のアピールポイントだ

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