近年急速に増加している訪日外国人観光客。
日本を訪れる海外からの観光客の多くは、
日本ならではの数多くの文化に強い興味と敬意を抱いています。
そんな訪日外国人たちに対して、
伝統文化・剣道の体験サービスを提供しているのが海野大地さんです。
剣道強豪高校の出身である海野さん。
高校卒業後に海外で勤務した経験から、
日本、そして剣道の魅力を再発見したと言います。
世界に向けて剣道の魅力を発信する海野さんに、
現在の事業の詳細と自身が感じる剣道の魅力についてうかがいました。

プロフィール
海野大地(うみの・だいち)
2001年7月16日、大阪府生まれ。5歳のときに地元の大阪ひかり剣友会に入門する。高校は強豪校の清風高校(大阪)に進学。選手として大会に出場し、大阪府私立高校大会優勝、インターハイ大阪府予選大会2位などの戦績を収める。高校卒業後はイギリスの大学への進学が決まるも、コロナ禍により断念。その後、大学進学のために学んだ自身の英語力を活かすためにアメリカのクルーズ会社の豪華客船にてレストランスタッフとして4ヶ月の間勤務し、日本へと帰国する。帰国後、東京の営業会社に勤務するために上京。同社が倒産したあとはスポーツジムでアルバイトをしながら、訪日外国人向けの剣道体験サービス「Kendo Spirit」をスタートさせる。2025年4月に「株式会社Kendo Spirit」を設立し、代表取締役に就任し現在に至る。剣道三段
株式会社Kendo Spirit
https://ja.kendospirit.jp/
人に伝えるために学び、
また剣道に魅了されて

――― 訪日外国人観光客に向けて剣道体験サービスを提供している「株式会社Kendo Spirit(剣道スピリット)」。その代表取締役である海野大地さんにお話をうかがいます。今日おうかがいしている東京都中央区のこの道場は交通機関のアクセスもよく、また雰囲気もとてもよいですね。
海野 ここは普段は居合道の道場として利用されている場所で、その稽古の空き時間にKendo Spiritの拠点として利用させていただいているんです。僕自身がこの事業をスタートさせてまずなによりも困ったのが安定して使用できる場所の確保で、それ以前は公共のスポーツ施設を利用していたんです。しかし、参加するお客さま人数分の防具や剣道着、袴をすべて電車移動で運ぶとなるとこれがかなりハードな作業だった。ですからずっと道具類なども置いておけるような、安定した拠点を探し求めてはいたんです。とはいえ、僕自身はもともと大阪府の出身で、東京に出てきたのも大人になってからなのでこちらには知人という知人もいなかった。ですから東京都内で道場を所有されている方々に宛てて、一通ずつ手書きでお手紙を出させていただいたんです。僕自身がどんな思いでこの事業に取り組んでいるのか。それをしたためた手紙を送らせていただいたところ、快いお返事をいただいたのがこの中央区の居合道道場さんでした。ご覧のようにこの道場はとてもキレイで雰囲気もありますから参加者のお客さまにも好評ですし、使用する防具なども置かせていただけるスペースがあるので本当に助かっています。
――― 改めまして、Kendo Spiritの事業内容をぜひ海野さんご本人からご説明いただければ。
海野 近年増加しているインバウンドの訪日外国人向けの剣道体験となります。過去に日本人のお客さまがいらっしゃったこともありますが、基本的に参加されるお客さまは海外からの旅行客の方がほとんど。とくにアメリカやヨーロッパからいらっしゃる方々が多いですね。
――― そんなお客さまたちはそもそも剣道のどんな部分に魅力を感じて参加を希望するんでしょうか?
海野 参加者のほとんどの方が剣道をまったく知らない状態でいらっしゃるんです。それならば流行りの「サムライ」や「武士道」などのワードに惹かれて参加したのかと思えば、ほとんどの方が「それらにも詳しくはない」とおっしゃる。「それではいったいなぜ?」とさらに質問してみると、皆さん口を揃えて「日本文化をより深く知りたかったから」と答えるんです。日本に観光に来るにあたり、各々で日本文化について調べてみたところ、どうやら「剣道」という見たこともないユニークな伝統文化がある、ということを知った。それがどんな文化なのか知りたくて、ここへの参加を希望してくださる方がほとんどなんです。実は僕自身、皆さんのそんな参加動機には思い当たるところがあって、それこそがこの事業をはじめるきっかけのひとつでもあるんです。かつて僕は高校を卒業したあとに、アメリカのクルーズ会社が運行する豪華客船で働いた経験があります。それはヨーロッパを運行する船だったのですが、その船内のレストランでウェイターとして4ヶ月間ほどの期間勤務しました。レストランで働いていれば同僚であったりお客さまともお話をする機会もあるわけですが、いろいろな国の人とコミュニケーションを取るなかで僕が驚かされたのが日本に興味のある人の多いこと。どこの国の方とお話をしても「僕は日本の出身なんだ」と伝えると皆さん本当に喜んでくれて、決まってそこから質問攻めがはじまるんです。しかしその一方ショックだったこともあって、海外の方と日本文化について会話をするなかで、僕自身がずっと続けてきた剣道の話題を持ち出しても誰も剣道の存在すら知らないんです。これはいち剣道経験者としてはとても寂しいことでもありましたが、僕自身はそこで「待てよ」と思った。海外の皆さんは剣道に興味がないわけではなく、ただその存在を知らないだけだ、と。僕は自分が続けてきた剣道はすばらしいものだと信じていますから、これほど日本に興味がある方々に剣道を紹介すればきっとみんなその魅力にすぐに気づいてくれるはずだと確信したんです。そんな出来事が日本に帰国後にこのKendo Spiritをはじめるきっかけになりました。
――― おっしゃるように、日本という国がこれほどの人気を誇る一方、その代表的な伝統文化のひとつである剣道はまだまだ知られていない。しかし、これはある意味、今後さらに世界に広まる可能性を秘めているとも受け取れますね。
海野 そうですね。しかし、当初の僕自身はビジネスとしての剣道体験教室にはまだまだ懐疑的で、お金を稼げるとも思っていませんでした。だからこそ生活のためにスポーツジムでトレーナーとしてアルバイトをしながら、初めはなかば趣味のような感じでKendo Spiritをスタートさせたんです。そこから半年ほど経ってみると、予想以上にKendo Spiritをご利用してくださる方が増えてきた。そこで2025年の4月に「株式会社Kendo Spirit」を設立することにしました。
――― 現在日本にはいくつかの剣道体験サービスが存在しますが、Kendo Spiritならではの特徴としてはどのようなものがあるでしょうか?
海野 剣道にはいろいろな良さがあると思うんです。過去多くの剣道経験者の方々ともお話をしてきましたが、試合が好きな方もいれば人との交流が楽しい方もいる。というように、剣道のなかには人それぞれで魅力を感じる要素がたくさんあると思うんですけど、僕自身が一番すばらしいと感じる要素というのが精神性。人間形成を軸とした剣道の精神性こそが僕にとってはもっとも人に伝えたいことであり、伝える価値があると思っている部分なんです。もちろん技術なども大事な要素のひとつですが、Kendo Spiritは「本物の剣道を通じて日本の心を学べる」という方向性を打ち出して運営しているので、そこがほかの体験サービスさんとは違う部分なのかなと思っています。
――― 体験サービスの具体的な内容とは?
海野 サービス自体は2時間制なのですが、参加者の皆さんはそもそも剣道自体をご存知ではないので、まずは剣道の歴史や剣道が大切にしている「心」などを皆さんとの対話を通じて説明していきます。剣道は単なるスポーツではなくて人間形成を目的とした武道であるということ。それをみんなで共有したのちに剣道の稽古に入っていくという流れとなります。稽古では気勢の込もった発声、足さばき、素振りと体験していただき、その後は打ち込み練習へと移行して、最後は試合を行ないます。試合については基本的には体験者同士で行ないますが、ご希望があれば僕自身が参加者の皆さんと対戦をすることもあります。お客様の年齢層も幅広くて、下は5歳のお子さまから上は70歳代の方までいらっしゃいますから、その皆さんが取り組める運動量であることを心がけつつ、参加者全員にムリなく楽しんでいただいています。
体験教室のなかで皆さんにお伝えしている内容も、事業をはじめたばかりの1年前からはもうだいぶ変化してきましたね。やはり剣道という文化は深いものなので、僕も事業のスタート当初はそのすべてを伝えようと意気込んでいたのですが、体験教室の回数を重ねるにつれて分かってきたのは伝えたいことを絞らないと伝わるものも伝わらないということでした。以降、どこを削るのかをつねに考えてきたのですが、そのためにはまずは自分自身がなにを伝えたいのかを明確に理解できていなければいけない。そこに向き合い、試行錯誤する日々はいま現在でも続いています。
――― 人に伝えようとすれば、当然それだけの剣道に対する知識や思いの深さも問われてきますね。
海野 そのとおりです。お客さまに伝えるなかでは、やはりこちらも多くの質問を受けることになります。多種多様な問いかけに対して、いまあるなんとなくの知識だけで回答している自分に気づいたとき、剣道についてまだまだ完全に理解できていないことを痛感させられました。剣道を人に伝えるためには自分自身もまた深く剣道を学ばなければいけない。以降は自分なりにその実践に努めてきたのですが、その結果、自分自身も以前よりさらに剣道に魅了されてきた感覚があります。

高校最後の大会で味わった人生最大の悔しさ。
これからはまた「日本一」を目指して

――― 現在25歳とまだお若い海野さん。大阪で生まれ、長く生活されてきたそうですが東京にいらっしゃったのはいつ、どんなきっかけからなのでしょうか?
海野 東京に出てきたのは21歳のときです。海外での豪華客船での仕事を経て大阪に戻ってきたのち、就職のために上京しました。就職した企業は営業の会社だったのですが、その会社はわずか3ヶ月ほどで倒産してしまった。それで生活のためにスポーツジムでのアルバイトをはじめることとなり、Kendo Spiritのスタートへとつながっていくわけです。
――― もともと剣道はどのタイミングではじめたんでしょうか?
海野 剣道は5歳のころからはじめました。僕には姉が二人いるのですが、その姉二人が地元・吹田市にある大阪ひかり剣友会という道場に通っていたんです。幼い僕も姉の稽古について行っていたものですから、先生方からはずっと「大地はいつ剣道やるん?」と言われていて、自然な流れでそのままはじめることになりました。
――― 高校は大阪の強豪校・清風高校に進学されたそうですね。
海野 清風を知ったきっかけは通っていた道場の先輩が進学されていたから。その先輩が清風でも活躍されていたので、僕もその姿に憧れたんです。とはいえ、僕自身は中学生時代までにとくに目立った試合の戦績もありませんから、レギュラーになるのにはなかなか苦労をしました。それでもなんとか自分たちが最終学年の代には選手になることができて、大阪府私立高校大会では優勝、インターハイの大阪予選で2位という戦績を残しています。とくに印象深いのはインターハイの予選で、決勝戦、チームの次鋒だった僕が負けたことが結果的にチームの敗北にもつながってしまった。自分なりにも努力をしてきたつもりでしたから、これは正直かなりショックな出来事で、自分のいままでの人生を振り返っても一番と言っていいくらい悔しい経験でした。

――― 高校卒業後の進路は? 剣道強豪校で鍛えた経験があれば、大学で剣道を続ける選択も一般的かと思うのですが。
海野 もちろん日本の大学に進学して剣道を続ける選択肢もあったのですが、ここで私が目指したのが「海外」なんです。かねてから海外への興味が強かったこともあって、大学進学にあたっては日本を飛び出してみたいという希望が心を占めるようになりました。実際に海外の大学をいろいろと調べてみれば、「ここで学びたい!」と感じる魅力的な大学がイギリスに見つかったんです。その大学に進学するためには英検準1級相当の英語力が必要でしたが、その時点での僕の英語はそこまでには至っていませんでした。集中的に勉強できる期間は残り半年ほどでしたから、これは高いハードルではあったものの、なぜか当時の僕には「本気でやればできる!」という自信があったんですよね(笑)。部活動を引退し、そこから英語の勉強に専念した結果、翌年のはじめにどうにか大学合格の通知を受け取ることができたんです。
――― しかし、実際には進学されることはなかった、と。
海野 あとは入学金を振り込むだけ、という段階で新型コロナウイルスの感染・拡大がはじまりました。それこそ当時はこの騒ぎもすぐに収束をむかえると思っていましたから、「来年こそは」と渡英のチャンスをうかがいながら英語教室の先生を務めるなどして日々を過ごしていたんです。しかし実際にはなかなかコロナ禍の終わりは見えず、結果的にイギリスへの進学は断念することになりました。コロナ明け、せっかく大学進学のために英語を学んだのだからそれを活かしてみたいという思いから応募したのがアメリカの豪華客船での仕事だったんです。
――― 高校卒業以降、剣道はどうされていたんですか?
海野 剣道は自分の出身道場にたまに顔を出す程度で、就職のために上京したときにも防具は持ってきてはいなかったんです。ですから再開となるとKendo Spiritをはじめてからで、そのタイミングで実家から防具を送ってもらったと記憶しています。
東京の剣道事情にもあまり詳しくはなく、またKendo Spiritでは未経験者の方に教えるだけということもあって、事業をはじめたころは自分自身のための稽古はまったくしてはいなかったのですが、今年の4、5月あたりからは稽古のペースこそまちまちながらも、自分自身の稽古にも取り組むようになったんです。
――― なにかきっかけがあったんでしょうか?
海野 Kendo Spiritを通じて剣道を伝えていくなかで「自分自身で剣の道を極めていない者がなにを教えているんだろう」と思ったからなんです。Kendo Spiritでは初心者の方と剣道をするわけですが、そこでは僕自身も多くの気づきに恵まれました。たとえば剣道経験者同士で稽古する場合、慣れているぶん、ある程度リズムやテンポで剣道をすることができる。たとえば面返し胴を狙うにしても経験者同士であれば相手の面打ちが速いことを前提にしているので、一連の動作がリズムやテンポで体に染みついているんです。しかし、それが初心者が相手となると、そのリズムやテンポが合わないのでなかなかうまく打つことができない。それに気づいたとき、僕は「相手が初心者だから仕方がない」とは思うことができませんでした。相手がどんなレベルであれ「プロ」を名乗る立場なのであればしっかりと打てなければいけない。それができないということは自分が未熟であるということにほかならないと感じたからなんです。
――― それだけの責任感をもってお仕事に取り組んでいるということですね。それでは最後に、ご自身の剣道とお仕事と、その両方での今後の展望などをお聞かせいただけばと思います。
海野 これは仕事につながる部分でもあるのですが、自分の剣道については今後もさらに稽古を積んでより高めていかなければいけないと感じています。剣道を通じて人間形成や目標に向かって努力することの価値を伝えている以上、教える側である自分自身もそれを体現していたいんです。自分自身も高い目標を掲げ、本気でそこに向き合い続けたい。だからこそ目標のひとつとして僕は「日本一」を掲げようと思うんです。日本一を達成できるかどうかという結果が重要なのではなく、日本一という高い壁に対して、本気で達成するつもりで向き合い続けること。その過程が必ずや自分自身の人間形成につながるものと考えています。
そのようにして自分自身の向上に励みつつ、仕事自体の当面の目標としてはやはりこの剣道体験が予約でいっぱいになるよう成長させたいです。そのための具体的な取り組みとして実施したことのひとつが、日本国内に向けての発信です。いままではどうしても海外に向けてばかり情報を発信していたのですが、国内の方々にもこのサービスを知っていただくことで、事業自体を応援してもらえたらありがたい。だから、これまでは英語のみのサイトだったものに日本語のサイトも加えて、僕自身がどのような思いで事業に取り組んでいるのかを日本の方々にも知ってもらえるよう工夫をしました。僕の思いに賛同してくださる皆さんからもし「Kendo Spiritを通じて、日本の心を海外に発信してほしい」と思ってもらえたら、こんなに心強いことはありません。



































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