全日本選手権大会に7回の出場を誇り、
全国警察選手権大会でも2位の戦績を残す元千葉県警・佐藤弘隆さん。
警察剣道のトップ選手として長く戦ってきた佐藤さんは、
2024年に千葉県警を退職し、
株式会社MUSYA SUGARを設立しました。
安房高校(千葉)、筑波大学、千葉県警と積み重ねてきた剣歴を活かし、剣道スクールの開講や、剣道イベントの主催、ゲスト参加、海外指導などの活動を展開する佐藤さん。
トップ選手の新たな挑戦についてインタビューしました。

プロフィール
佐藤弘隆(さとう・ひろたか)
1993年1月6日千葉県生まれ。安房高校(千葉)から筑波大学に進学。大学卒業後は千葉県警に奉職、剣道特練員として活動する。警察剣道界でトップクラスの活躍を収めたのち、2024年に千葉県警を退職し、株式会社MUSYA SUGARを設立する。自身の主な大会戦績は、全日本選手権大会出場(7回)、全国警察選手権大会2位、全日本学生優勝大会優勝(2回)、インターハイ団体戦優勝、全国高校選抜大会優勝、国体優勝(少年男子の部)などがある。剣道錬士六段
株式会社MUSYA SUGAR
https://www.musya-sugar.com
インスタグラム「hirotakasato_kendo」
https://www.instagram.com/hirotakasato_kendo/
インスタグラム「MUSYA剣道スクール」
https://www.instagram.com/musya_kendo?igsh=MzRiajNxYXBjd2tv
剣道トップ選手が展開する
新たな剣道指導の場

――― 千葉県警の剣道特練員として各種全国大会で大活躍した佐藤弘隆さん。その佐藤さんが警察を退職したというニュースに多くの剣道ファンが驚いたかと思います。警察を辞められたのはいつ?
佐藤 2024年の12月に辞めましたね。結果、剣道特練員としての生活は9年で、辞めたときは年齢は32歳でした。
――― そして株式会社MUSYA SUGARを立ち上げた佐藤さんですが、会社設立の経緯、会社の事業内容などを教えていただければ。
佐藤 正直な話、自分でもなにをやっているのかよく分かっていない状況なのですが(笑)、いまのところの主な事業は剣道スクールの開講、剣道の個人レッスン、稽古会運営といったところでしょうか。僕は警察を辞めるときに、今後なにをやるかを決めずに退職しているんです。「とりあえず会社をつくろう、でなにをやろうかな?」と考えたとき、人の役に立てて、お金をかけずにできることを探すようになった。となるとやはり自分が長く続けてきた剣道を教えることが頭に浮かんだんです。
いま剣道スクール「MUSYA剣道スクール」は、千葉県八千代市にある千葉英和高校で開催しています。この場所をお借りしている理由もまた偶然が重なって、まず千葉英和高の職員の方が昔からお世話になっている先生で僕の実家のご近所さんなんです。また、SNSを通じて千葉英和高でバスケットボールスクールが開催されていことを知っていた。しかもその講師が偶然にも僕と同じ筑波大学出身ということもあって勝手に親近感を覚えていたんです。そんな経緯もあって、その先生に連絡を取ってみたところ、僕の話を親身になって聞いてくれた。そのうえで、「なにか新しいことをはじめたいのだったら、学校の道場を使ってなにかやってみる?」とあちらからご提案をくださったんです。
現在の「MUSYA剣道スクール」は有料の剣道スクールで、週に1回の開催。小学校4年生から中学生、そして大人を指導の対象としています。小学生・中学生は学校の剣道場を使い、大人は小体育館を使用して未経験者と経験者とでコース分けをして指導にあたっています。指導者には僕がいるのはもちろんのことですが、ほかにも優秀なコーチの先生方にもお願いをしてコースごとに担当をしてもらっているんです。現時点での剣道コースの利用者は25人います。
――― たくさんのご利用者さまがいるんですね。
佐藤 各コースの定員をマックスで20名と定めているので、本当はもっと利用してほしいのが本音ではあります。でも最初は人が集まるのかと不安も大きかっただけに、思っていた以上の人に集まってもらえたことは本当によかったです。ただし、継続して人が入ってきてくださるかどうかには、また違った努力が必要。自分がやっていること自体には自信があるので、これからはどのようにマーケティングしていくのか、という部分に注力していかなければいけないですね。
――― 通常の道場とはまた違ったスタイルの「MUSYA剣道スクール」、そのコンセプトは?
佐藤 いわゆる「フリースクール」というとらえ方をしていただけるのが一番分かりやすいのかもしれません。ご利用者さま各々で、それぞれ所属の道場、学校があったうえで自由に通うことのできるスクールとなります。
それぞれの所属では基本を指導してもらえるけれど、もうプラスアルファ教えてもらいたい。そんな状況にいる子たちをよく見かけるかと思うのですが、まさにその層こそがターゲットです。小中学生に関して言えば、自分の所属以外での稽古相手を求めている、もうひとつふたつ大会で勝ちあがりたい、という子が入会してくれているかもしれません。道場の移籍はハードルが高い可能性がある。学校の転校は現実的ではない。そこで道場の移籍も学校の転校もすることなく、所属はそのままで技術的なレベルアップができる場として設けたのがこの「MUSYA剣道スクール」なんです。
この事業のルーツとなっているのは実は自分自身の体験で、僕は小学生のときに所属の道場以外にも通える場所があって、実際に試合に勝てるようになったりと手応えを感じていたんです。この事業にあたって僕がひとつ大事にしているのは、あくまでも「フリースクール」という立ち位置を守ること。通ってくれる子どもたちには、試合があれば必ず各々の所属のチームで出てもらうことになりますから、決して「MUSYA剣道スクール」が「引き抜いた」生徒ではありません。だからもし、子どもたちが試合で活躍してくれたとしても、そこで「僕が強くした」と公言することはありませんし、実際に僕にはそんな思いはまるでない。やはり剣道は基本があっての応用ですから、それぞれの所属チームで教えてもらった基本があっての「MUSYA剣道スクール」での成長。試合結果に恵まれれば、それは子どもたちのがんばりと所属先の先生方の指導力の賜物だと思っていますから、僕自身が指導実績をアピールすることはありません。
――― あくまで、勉強における「学習塾」的な立ち位置を守る、ということですね。とはいえ、教える内容が実戦的かつ効果的であることは大いに求められてくるわけですね。
佐藤 そうですね。みんながいつも通う道場、部活動では、先生方はさまざまな事情や時間の制限でなかなか指導できない部分はあるはず。そこを意識して指導するようにしてます。そもそもの練習の流れも、準備体操して素振りをして、という一般的な流れではないんです。道場に集合をして、当日のメニューをざっと伝えたら各自で準備体操。そのあと面を着けてアップの打ち込みをやったら技の練習へと移行していく。技の練習を1時間くらいやったら、ちょっと地稽古をして、練習のラストの30分は専門のトレーナーをお招きしての筋力トレーニングに取り組んでいます。
指導の成果については明言こそしませんが、おかげさまでご利用者の皆さまからは好評の声をいただいています。移動時間に1時間半ほどをかけて参加してくださるお子さんもいますし、大人の方では2時間かけて来てくださる方もいる。これだけの手間をかけても通ってくれる方がいることには感謝しかありませんね。
――― 剣道スクール以外の事業にある、剣道の個人レッスン、稽古会運営というのも気になりますね。
佐藤 個人レッスンの「MUSYAパーソナル」は「MUSYA剣道スクール」から派生したものですね。剣道スクールに通う生徒のなかから「個別でも教えてもらえないか?」というリクエストをいただくことが増えたので開講したものなんです。いざスタートさせてみると、子どもはもちろんのこと、大人の方からも毎月必ずご依頼いただけているような状況。地方在住の方からの「今回の出張に合わせて指導をして欲しい」という思わぬご依頼もあるので、その反響の大きさには僕自身も驚いています。
運営している稽古会というのは、毎月1回、500円を払えば誰でも参加可能なもので、「だれでも道場」と名づけています。高校生以上が参加対象で、高校生、大学生もいれば大人の初心者の方、産後復帰のお母さん剣士もいて、参加者はバラエティ豊かです。いつでも面を外していいし、段位の高低も問わない環境なので、たとえば高段位の方にご参加いただいたときでも「先生であっても稽古をしたい相手がいたら自分からお願いしてください」とお伝えしているほど自由な稽古会なんです。大人の稽古会の醍醐味は、その内容はもちろんのこと、人とのつながりが生まれるところにあると思います。僕個人としても多くの剣道家とお知り合いになれるのは楽しいですし、さまざまなご縁が仕事や活動につながることもあるのかなと。
――― 佐藤さんの現在の事業となると、この3つが主軸となるわけですね。
佐藤 そのほかにも準備している新たな試みはいくつかあるので、実現の際にはまたお知らせさせていただければと思います。現時点でお伝えできることのひとつには、海外での剣道指導もあるでしょうか。警察を辞めて以降、SNSを通じて海外から「指導に来てくれないか?」というオファーをいただくようになりました。現時点ですでにイタリア、チェコ、中国、アメリカで指導をさせていただきましたし、中国、フランスでの指導も現在計画中なんです。海外の方と接してみて感じるのは、とにかく情熱的なほどに上達を求めるその姿勢で、皆さん剣道を楽しんでいます。なかには試合に勝ちたいという思いを抱えている方もいるので、多少試合経験のある僕を求めてくださるようです。「MUSYAワールド」と命名したこの海外指導も自分としてはとてもありがたいご依頼なので、スケジュール次第ではありつつも、お声がけいただければフレキシブルに対応させていただきます。


コロナ禍で見つめ直した自分の人生。
「ビジネスマンとしての自覚を持って前進したい」


――― 通常は皆さんの剣歴をおうかがいしていますが、佐藤さんは安房高校(千葉)、筑波大学でもどちらも日本一に輝いた有名選手。千葉県警時代もまた全日本選手権大会に7回もの出場を誇るトップ選手ですから、もっとも気になるポイントである「なぜ警察を退職されたのか」という部分をメインにお話をうかがいたいです。
佐藤 ご存じの方も多いと思いますが、警察の剣道特練はコロナ禍においてはいっさいの活動が停止となりました。試合への出場はもちろん、普段の稽古も禁止されていたので、それ以前とは違って、僕には何をしていいかわからない時間ができたわけです。良くも悪くも考える時間も増えたので将来の子供達のためにお金のことを真剣に考えようと思いました。それこそポイ活をはじめてみたり、銀行口座やクレジットカードの見直しをしてみたり、YouTubeを観てお金のことを勉強するようになってみると、自分の将来に対して不安を感じるようになったんです。警察官は公務員ですから生活にはある程度の安定感はありますが、逆に言えば大きく賞与がアップすることは少ない。ちょうど当時は僕の子どもも小さくて、さらに第二子にも恵まれたというタイミング。となると子どもたちのための教育資金も大いに気になるところでしたし、剣道特練の活動再開もまだ未定という状況もあって、将来への不安はなおさら大きくなりました。
そのあと無事に剣道特練は再開されたわけですが、一度感じてしまった不安はなかなか拭い去ることはできませんでした。振り返ってみると、これはアスリートとしては大きな失敗で、競技に集中することができなくなってしまったわけです。案の定と言うのか、そのあとはなかなか競技戦績にも恵まれなくなり、年齢も特練員としては年長の32歳になっていた。そこで一大決心をして、千葉県警を退職することにしたんです。自分自身では大きな不安はありつつも、僕自身が剣道界において警察や教員ではない立場のキャリアを確立することができれば、おこがましいことではありますが、それは後進にとってもなにかの役に立つのではないかという思いもありました。
――― 日本剣道のトップレベルにある警察剣道。そこでの戦いの日々はいかがでしたか?
佐藤 現役選手時代については後悔が残っていますね。僕が目指していたのは世界選手権大会への出場だったのですが、なかなか日本代表の合宿に招聘されることは叶いませんでした。全国警察選手権大会で2位に入賞することができて、これでついに合宿に呼ばれるかと思った矢先にコロナ禍に突入し、特練は活動停止、目指すべき世界大会の中止も決定しました。コロナが明けて以降は合宿に呼んでもらうこともできたのですが、そこでは全然勝つことができなくて焦り、また負けるという負のループに陥ることに。結果的にすぐに合宿からは外されてしまうことになります。思えば日本のトップ選手たちはとても意識が高くて、彼らは学生時代からすでに代表入りを見据えて各種大会に臨んでいるわけです。その点、僕自身が本気で日本代表を狙い出したのはそれよりも遅い時期から。いまとなれば周囲からは完全に出遅れていたなという反省の気持ちが強いです。
――― 聞けば聞くほど厳しい世界です。現在のご自身の稽古の状況はどのようなものでしょうか?
佐藤 稽古量については警察官時代から比べればもう激減で、自分が面を着ける稽古でいえば週に3回ほどのペースになりますね。ただ、試合には可能なかぎり、今後も挑戦はしようと思っています。それはいままでのようにガツガツと勝利を目指すというよりは、自分の指導の勉強のために、という意味合いが大きいです。
――― それでは最後に、佐藤さんの今後の目標、展望をおうかがいできればと思います。
佐藤 起業してみて自分がもっとも「よくないな」と思ったのは、自分が起業家でありビジネスマンであることから逃げていたことなんです。いままでの歩みもあって、自分としては「剣道家」での立場であるほうがずいぶんとラクで、そこに甘えていた。だからSNSでもあまり「会社を興しました」ということには触れずにいて、もちろんそれは「言わないメリット」のほうが大きいと感じていたからではありましたが、この先ずっとそこから逃げていると自分はただの剣道のよく分からない人になってしまうなと(笑)。いまはSNSにも「MUSYA SUGAR 代表取締役」というのをしっかりと出していますし、今後はそれを自分の枷としていきたい。取り組む事業をビジネスとして成立させつつ、なにか剣道界のためになることができればと思っています。自分のやっていくことの大きなビジョンとしては「剣道のため」になればなんでもいいと考えているんです。なにが正解でなにが間違いかは全然分からないので、思いついたことを全部やろうと。独立してからの経験で、とりあえず自分一人ではやれることに限界があることは分かったので、これからは自らいろいろ発信しつつも、多くの方々に協力してもらいながらやっていくしかない。当然失敗することもあるでしょうけど、それはのちに僕のような道を歩もうとする後進ができたときには大切な参考資料になるはずですから、自分としては失敗とも思ってもいないんです。人から注目いただいているということはヒシヒシと感じているので、そこには大きな感謝を感じつつ、新たな可能性を模索していきたいと思います。



































この記事へのトラックバックはありません。