ピアノ教室の常識にとらわれず、親にやらされる練習ではなく、自分から弾きたくなるレッスンにこだわった独自の指導をするピアノの先生がいます。ASKピアノ教室の古田明日香さんは、生来の負けず嫌いの性格でプロの音楽家の道をつかみながらも、子どもに技術を教えることよりも、楽しんで自分からピアノを弾きたいと思わせる工夫で、生徒が辞めないピアノ教室として評判を集めています。剣道や陸上などピアノ以外のことにも打ち込んできた古田さんの目指す音楽の姿とは何か、お話を聞きました。
プロフィール
古田明日香(ふるた あすか) 神奈川県横浜市生まれ。小学校からピアノを始め、フェリス女学院大学卒業音楽学部演奏学科卒業後、「ASKピアノ教室」を開業。「とにかく楽しく面白く、わかりやすく」をコンセプトにレッスンや演奏会を通じて音楽に触れることの楽しさを広めている。ヨーロッパ国際ピアノコンクールin Japan 大学A部門 銀賞、全日本ピアノコンクール 一般プロU30 入賞など受賞歴多数。
ピアニスト・古田明日香
https://all-cardy.com/asuka-pf
ASKピアノ教室
https://askpianoschool.jp/

「好きなこと×音楽」でまずは音楽に触れる楽しさを感じてもらう。
自発的に好きなことを見つけて頑張る大切さを教えたい
―― 古田さんの音楽家としての活動について教えてください
子供向けのレッスンと、ピアニストとしてコンサートでの演奏をしています。現在、21人の生徒がいて、幼稚園のピアノと部屋を借りて教室にしているところもあります。私の教室の特徴は受け入れている子どもの年齢です。一般的なピアノ教室だと4歳にならないと通えませんが、私の教室には3歳児がたくさんいます。一番小さい子は1歳10か月です。
―― そんな小さい時から受け入れているのですね
多くのピアノ教室は、ピアノを教えるのがメインの教室なのでしっかりとコミュニケーションがとれる年齢になってからのところが多いんです。私は小さい時から音楽に触れさせたいという親御さんの望みに応えたいと思って受け入れています。ピアノを教えるのがメインの教室で小さい時にピアノを習っている子どもは、親がやらせたいからレッスンを受けさせられているという子が多いと感じていますので、私は音楽と触れる時間が楽しい時間だと感じてもらい、子どもが自分からピアノを弾きたいと思うように工夫をしています。

―― 小さい子供にはどのようなレッスンをしているのですか?
30分ほどのレッスン時間なのですが、いきなりピアノの前に座って弾かせるというとはしません。まず、子ども一人ひとりの好きなもの、やりたいことが何かをつかむことから始めるんです。体を動かすのが好きな活発な子なら、床に大きな五線譜を書いてその上を音符になって動いてもらい、音階を覚えます。お絵描きが好きな子なら、音符をキャラクターに見立てて描いてもらいそれを使って覚えていきます。好きなことに音楽を掛け合わせて、遊びの中で音楽に触れてもらうんです。この導入にしっかりと時間をかけて、子どもの方から実際にピアノを弾きたい、と言ってきたらそこで初めてピアノを弾くようにしています。
こんな形で1~2カ月かけて導入をしっかりやって、自発的にひきはじめるようになった子はそのあともずっと弾くようになるんです。最初は親御さんも「いつになったらピアノを弾かせてもらえるの?」と不安になるので、最初にしっかり説明しています。導入に時間はかかりますが、結局、いきなりピアノを弾かされる子より長く続くんですよ。「練習しなさい」ではなく、自分がほめられたい、とか自分からやりたいというところからスタートするようにしているので。一般的にピアノ教室の継続率は平均77%といわれていますが、私の教室では三年間でひとりしか辞めた子がいないというのが自慢です。
―― なぜそのようなスタイルを選んだんですか?
私自身、ピアノを専門的にやってきたので、初めは一般的なピアノ教室としてしっかり教えたいと思って始めたんです。でも、やっているうちになんか子どもが楽しそうじゃないなと思ったんですよね。半年くらいやったときに、この子はピアノを辞めてしまうかもしれないと思ったのがきっかけでした。自分はピアノを通して子どもに何を与えたいのか、それを見つめなおした結果、自分はピアニストを育てたいのではない、自発的に好きなことを見つけて頑張る大切さを教えたいんだ、と思い今の形になりました。それからは育児本なども読んで、独学で小さい子供の気持ちや接し方も学びました。

小学生で始めたピアノ。
一時は陸上に打ち込むも、恩師の一言で音大の道へ
―― 古田さんのピアノとの出会いは?
母親や周りの友達がピアノを弾いていたので、私も5歳の時に始めました。
子供のころは練習嫌いで、先生も怖くて(笑)。よく続いていたなと思いますけど、母親が熱心に教えてくれたからとりあえず続けていました。小学校の高学年のときに転校があり、新しい学校になかなかなじめなかったんです。友達もいない中、「学校にいきたくない」と思っていたら、ピアノの先生が「少し遠くなるけどレッスンには通ったら?」と言ってくれたんです。先生は学校に行きたくない私の胸の内を知って、平日開催のコンクールを探してくれました。正当に学校を休む理由をくれたんですね。そこで勝ち抜けばまた、学校に行かなくていいというのが当時の私の頑張る原動力でした。
―― そこからピアノに本腰を入れていったんですね
それが、中学は陸上部に入ってピアノは月に1回行くかどうかだったんです。とにかく負けず嫌いの性格なので、レギュラーで活躍するためにみんなが選ばないしんどい種目にしようと、あえて800Mを選びました。ベストタイムは2分28秒でした。
陸上に打ち込んだ3年間が終わって高校進学が近づいたころ、「もうピアノはいいかな」と思って、ピアノの先生に「やめようと思います」と伝えに行ったレッスンで、先生から「音大を目指さない?」と言われました。たぶんわかっていたんでしょうね。でも先生は子どものころから「古田さんは音がいい」と言ってくれていて、月に一度しか来なかった私に、音楽の道に進むことを勧めてくれたんです。その時、先生が「これを練習なさい」とくれたドビュッシーの「月の光」が私の十八番です。とてもきれいな音の曲なんですよ。そこから本腰を入れて練習を積み、フェリス女学院大学のピアノ科に受かりました。

コロナ禍であきらめかけた音楽家の道。
好きなことを思い切りやろうと腹をくくり、教室を立ち上げ
プロを意識したのは大学の半ばでした。各音大の1位だけが出られる演奏会があって、それに絶対に出たいと思ってものすごい練習をして、実際に出ることができたんです。そこからピアノで生きていきたいという気持ちが沸きました。
ただ、当時は新型コロナ流行のさなかでした。音楽コンサートも軒並み中止になる様子を見て、これは無理だなと思い、いったん一般企業の就職活動をしました。でも、本当はピアノで生きていきたいのに、楽器の販売や楽譜の出版など音楽とのかかわりはあるとはいえ一般企業に自分の気持ちにうそをついて面接を受けるのが辛くなって、、、。そこで一度腹をくくって、好きなことをやるだけやってみようと思って就職活動をやめ、ピアノ教室を開くことにしました。好きなことを思い切りやって、あきらめがついてからでも遅くないかな、と。
―― 幼稚園を借りてピアノ教室をやろうというのもアイデアですね
今2つの幼稚園で教えているのですが、これは経営者の交流会でヒントをもらったんです。決裁権のある親の求めていることを洗い出すといいよ、と。そこで、親が喜ぶことってなんだろう、どうしたら親の負担を減らせるだろうと徹底的に考えて、幼稚園での教室を思いついたんです。通っている幼稚園にピアノ教室があれば、預かり保育の時間にピアノを教えることができて親は習い事のための送り迎えをしなくて済む、少子化で園児集めに苦しむ幼稚園にとっても、「当園は音楽教育に力を入れています」というアピールができるメリットがあるなと、気づきました。そこからは幼稚園の園長を探して、自分で営業しました。最近は幼稚園でもピアノが弾けずに先生になる方もいて、そういう先生のレッスンもできるので幼稚園にとても喜ばれています。

―― コンサートはどのようにされているんですか?
コンサートでの演奏活動は昨年からスタートしました。まずは音楽に親しんでもらうことが大切だと思ってやっています。ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんが好きで、高嶋さんのように音楽をやっていない人にも楽しんでもらえる演奏活動をしたいと思っています。ペースは3~4カ月に1回。会場を押さえるところから企画、告知、集客まですべて自分でやっていて、すごく大変です(笑)。ワインや焼酎好きの人が集まるイベントなど他業種とコラボした活動もしています。
剣道家の父と通った道場で鍛えた精神力

―― 古田さんの剣道との縁は?
剣道は昔から父親がやっていて、兄と一緒に近くの道場(戸田スポーツセンター剣道教室)について行っていました。端っこで遊んでいるうちにやりたくなって、5歳になった頃いつの間にか防具を着けていました。
とにかく試合で勝ちたい、と思って稽古をしていた記憶があります。面が得意で、「始め」がかかったら様子をうかがう間もなく真正面から打ちに行っていました。父は現在教士七段で、今も横浜の小さな道場で教えています。全国の色々な稽古会を回っています。
剣道は先生も怖かったし、竹刀が防具を外れたら痛かったです(笑)。それを乗り越えて稽古をしたことで精神力が鍛えられました。同居している父とは生活リズムが違い、日ごろあまり剣道のことを話す時間はないですが、父のおかげで剣道に出会えたことに感謝しています。

目指すはピアノ界の高嶋ちさ子。
自分で好きなことを見つけて頑張れる子どもを育てたい
―― これから古田さんがめざすところは?
ピアノ界の高嶋ちさ子さんのような存在、ですかね。ピアノに触れたことのない人にどう親しみをもって楽しんでもらうか、ということを追求したいです。大人が日々の生活で心に余裕がないと、それって近くにいる子どもに悪影響がでてしまうと思うんです。私がコンサートを通じて非日常を提供し、来てくれた方が仕事を頑張ろうと思えたり、前向きになれたりしたら、周りにいる子どももハッピーになると思っています。
教室では好きなことを自分で見つけて自発的に頑張れる子どもを育てたいですね。最終的にピアノの道に進まなくても、ピアノをきっかけに自分の合う場所を探してほしいと思っています。ピアノはリズム感が鍛えられて運動や勉強にもプラスの作用があると言われています。私のレッスンを通じていろいろな花を開かせてほしいです。
―― 子どもたちの未来につながる素晴らしい夢ですね
でも私の体は一つしかないので、これから想いを共感してくれる仲間を増やして、同じコンセプトで教える教室を増やしていきたいと思っています。学生までピアノ漬けで生きてきてもピアノで食べていけない人もいます。自分の生徒も含めて、そういう人に仕事を作ってあげられる音楽人になりたいんです。尊敬する高嶋ちさ子さんの「本当にやりたいことであれば他人に迷惑をかけてでもやれ」という言葉に共感しています。目標に対する執着、執念は誰にも負けませんから。
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