剣道家であれば誰もが一度は『剣道日本』を手に取ったことがあるのではないでしょうか?
『剣道日本』は1976年の創刊以来、剣道普及のために力を尽くしてきました。2018年、スキージャーナル社の倒産の影響で一時休刊となりましたが、現在は株式会社剣道日本として再出発をしています。
創刊当初に扱っていた記事の内容や、技術記事がスタートした経緯、現在の雑誌のあり方、剣道界が抱える課題、今後の展望など、剣道家が気になる情報を一挙にお聞きしました。
最前線で取材をしているからこそ感じる時代の変化とは?
プロフィール
阿部 光弘(あべ・みつひろ)
1975年千葉県出身。東洋学園大学卒業後、2011年に株式会社バッファローに入社。営業部で販売チャネル向け戦略の企画立案に従事。2021年東京理科大学大学院経営学研究科技術経営専攻修了後、2021年 株式会社 剣道日本の代表取締役に就任。
1976年創刊後、時代の流れに合わせて内容も変化
──創刊から現在までの歴史を教えてください。
『剣道日本』は1976年創刊。創刊当初は昔の剣豪を特集する記事を作っていました。
左上が創刊号
──なぜ雑誌を創刊することになったのですか?
当時の『剣道日本』はスキージャーナル社から発行されていて、初代の社長がスキーと剣道が大好きだったそうです。
準備に1年ほど費やして創刊したのが1976年1月号。いま見返しても、剣道を深く掘り下げようとする当時のスタッフの熱量が感じられます。
──誌面の内容は、当時から今日までどのように変化してきましたか?
創刊当初は警視庁の小沼宏至先生にアドバイザーになっていただき、以後、“大家(たいか)”と呼ばれる先生方が毎号誌面に登場してくださいました。
そこから内容は徐々に変化していきました。現在、編集部に所属するある編集者は1993年入社なのですが、彼が入社した頃は大会レポートや技術記事を主に扱っていたそうです。
大会レポートの写真を見ると、みんな「この写真の打突は、どうやって打っているんだろう?」と気になるんですよね。
動画もない時代ですので、問い合わせが増え、読者の要望に応える形で技術記事がスタートしました。
休刊後、編集メンバーが再結集して再出発
──『剣道日本』は1度休刊していますよね。
はい、スキージャーナル社が経営難に陥り、503号(2018年1月号)を最後に次号の刊行にストップがかかりました。編集部としても休刊は半ば寝耳に水の出来事だったそうで、編集部内での協議の末、せめてもの罪滅ぼしとして、定期購読者をはじめとする関係各位に向けた「休刊告知号」を急きょ製作することを、最後の仕事としたようです。
印刷所も書店販売もストップがかかった状態のなか、ある武道具店より資金援助を受けて製本にこぎつけ、無料配布したのが2017年暮れのこと。“最終号”の特集タイトルは「残心」でした。
──その後、ベースボールマガジン社から『剣道JAPAN』が発行されました。
はい。しかし、その後、もう一度『剣道日本』として再出発しようと、元編集部のメンバーが再結集するかたちで2018年5月に株式会社剣道日本が設立され、2021年4月から私が社長を務めることになりました。
過去の財産であるバックナンバー記事等も扱っています。剣道は先人の言葉に価値があり、先に進むためには過去をしっかりと見つめ直すことも必要です。
──阿部さんは剣道をされたことはあるのですか?
いえ、全くの未経験です。
ただ、私はずっと野球をやっていたのですが、剣道との共通点を感じるんです。
「礼に始まり礼に終わる」という言葉に象徴されるように、剣道は礼儀をとても大切にしますよね。野球も礼儀をとても大切にしています。
また、剣道の「間合い」に近しいものが野球にもあるんです。野球にはピッチャーとバッターの駆け引きがあり、2人の間の一種の間合いが存在します。
あと、私は基本的にスポーツが大好きで、スポーツを広めたいのです。剣道は武道ですが、競技としてスポーツの側面もありますよね。さらに、剣道は日本の伝統文化でもあります。
──実際に剣道に関わってみて、他の競技との違いを感じたことはありますか?
剣道は、ガッツポーズをすると一本取り消しになりますよね。野球もガッツポーズはだめなのですが、そこまで厳しくはありません。
なぜ、湧き上がってくる喜びの感情を抑えることができるのか、そんなにも精神力を鍛えることができるのか、純粋に不思議です。
蓄積された情報資産を強みに、「雑誌にしかできないこと」を追求する
──YouTubeなどの動画が一般的になりましたが、雑誌への影響や変化はありますか?
YouTubeが普及してきたことで、簡単に情報を得られるようになりました。先ほどお話ししてきたように、剣道雑誌の技術記事は元々は写真を見て「どうなっているんだろう」という読者の疑問からスタートしています。
しかし、今は動画を観て個々人が分析できるようになりました。情報がタダで手に入る時代になって、お金を払ってまで得たい情報は何なのか、私たちも自分たちの役割を改めて考えなければなりません。
大会結果や動画にアクセスしやすくなった今こそ、「雑誌にしかできないこと」を考え抜く必要があります。そしてその需要は、絶対にあるはずなんです。
玉石混合の情報が溢れるいま、「なぜこの稽古をするのか?」「この打突はどんな意図があるのか」など、「観てもわからない」人もたくさんいるはずです。編集者の役割は、質の高い情報を読者の代わりに選び、分析可能な有識者に話を聞いて、わかりやすく編集し、補完することです。
また、40年の歴史も強みの一つ。過去の先生方のお話を深掘りして、「現代」につなげること。これは約500号ものバックナンバーという資産を持つ我々にしかできません。これらの資産を、最大限活用していくつもりです。
──いま紙面を作る上で工夫していることはありますか?
「剣道の楽しさ」を伝えることですね。強豪校の練習は厳しく、楽しいことばかりではないはずですが、厳しさのなかにも楽しさを見出して記事を作ることを心がけています。
『剣道日本』の目的は創刊からずっと、「剣道普及」なんです。現場の声を聴き、時代の変化を感じ取って、普及のためのツールにならないといけない。
楽しいだけではなくて、厳しさも剣道の魅力の一つです。過去の『剣道日本』の表紙にインターハイに出場したある選手の横顔を撮った一枚があります。
坊主頭の横顔に汗がばーっと流れている。その刹那な表情が凄く良いんです。剣道のカッコ良さが伝わってきます。
楽しさや厳しさなど、剣道ならではのインパクトを探していきたいですね。
また、最近では、廃版になった書籍の復刻も行っています。いわゆる名著と呼ばれる書籍の復刻プロジェクトです。本誌で購入方法など告知してまいりますので、ぜひご覧ください!
止まらない競技人口の減少。時代への適応とバランス
──少年剣道から大人まで、さまざまな剣士を取材するなかで、課題に感じていることはありますか?
やはり剣道人口の減少ですね…。東京や日本武道館の大規模な試合に行くと、減ったと感じにくいかもしれませんが、地方の剣道人数の調査を見せてもらうと明らかに減少しています。
──なぜ減っているのでしょうか?
少子化ですので子どもの数自体が減るのは当たり前なんですね。しかし、子どもが減っているというよりも、割合が減っています。
ちなみに、卓球と弓道は少子化にもかかわらず健闘しているんです。卓球は一時期競技人口が減りましたが持ち直しましたし、弓道は剣道より競技人口が多いようです。だから、やり方はあるはずだと考えています。
剣道は、まず中学から高校に行く時に辞めてしまう子が多い。中学校の部活動の種類は限られていますが、高校はダンス部や軽音部などが増えるので、離れてしまうようです。だから、中学校までに「剣道をやって良かった」と感じてもらう必要があります。
──そういった時代の流れに対応している方へ取材もしていますか?
はい、最近では市川市の道場に取材に行きました。そこは、怒鳴る指導をやめるなど、指導方法を見直したところ子どもの数が戻ってきたそうです。
──時代の変化と伝統、バランスをとっていくには?
容姿に関する過度な抑圧や暴力的な指導は変えるべきですが、礼儀は今後も徹底するべきだと考えます。剣道では、坊主頭の強制や道着の色も決められていることがありますよね。
トップレベルの人がそうだから、自分たちもそれに従わなければならないといった暗黙の了解が根付いているところが、少なからずあるのではないでしょうか。
個人的には、髪の毛が長かろうと関係ないと感じます。ただ「礼に始まり礼に終わる」精神は、社会人になってからもとても大切なことです。
一緒に仕事をしていても、挨拶の瞬間に「この人はちゃんとした人だ」と感じることはありませんか?あとは、一緒に食事をしたときに、きちんと「いただきます」「ごちそうさま」が言えるかどうか。挨拶は人の基本です。
ビジネスプランが良くても、人として信頼できなければ一緒に仕事はできません。だから「礼」の部分はこれからも変わらず伝えていくべきだと感じます。
──日本の外でも剣道は盛り上がりを見せています。海外に向けてはどうですか?
世界の人が剣道をしていることを、日本の方々にもっと知ってほしいですね。世界の人々は、考えの幅が広かったり職種も様々です。日本代表の方々は、警察官や教員が中心ですが、例えばある国の代表の方はビネガー会社の役員さんなんですよ。
多様性を担保しつつ、剣道の「楽しさ」を伝えていく
──今後の展望を教えてください。
剣道の良き文化を伝えていくことです。経営者や文化人など、剣道家は他競技と比較して多様性に富んでいると感じます。トップレベルの剣士に限らず、さまざまな剣道愛好者たちを取材し、その面白さを発信していきたいです。
また、保護者の方々や子どもたちにとっては、雑誌に出たことが生涯の思い出になることもあります。普及の観点からは、競技者を大切に、特に少年剣道を応援していきたいです。
──『剣道日本』は、フルカラーになりましたよね。フルカラーの雑誌に掲載されることは、かなりのインパクトがあります。
復刊後して約1年後にリニューアルを行い、サイズも紙質も変えました。フルカラーにしたのは、写真を見やすくするためですね。読者の方の理解を深めるための意図があります。
あとは、剣道を知らない人が思わず手に取ってしまうような工夫もしていきたいですね。例えば最近では、いちご畑で撮影をしました。
──あの表紙はインパクトがありました!
「剣道家にはこんな人もいるんだ」と、興味を持っていただけたら嬉しいです。『剣道日本』は「雑」誌なので、本当はバラエティに富んでいないといけないはずなんです。もっと色々な角度から、剣道の魅力を発信していきたいですね。
雑誌も書籍も、これからも剣道家の皆さんのお役に立てるようなものを作って参りますので、ぜひ手に取ってみていただければ幸いです。
──今日は取材をしながら雑誌や名著の話に夢中になってしまいました(笑)本日はお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!
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