100年続く老舗歯科医院の4代目。『治療のlongevity』を掲げ、地域密着の治療を行う(河野 正剛 / 河野歯科医院 院長)

令和6年6月11日に河野 正剛先生は永眠されました。
生前の剣縁に対するご厚情に深く感謝すると共に、ご功績を偲び、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

都営大江戸線・三田線「春日駅」から徒歩5分。通院に便利な立地の河野歯科医院は、なんと創設から100年を超える老舗歯科医院です。

その4代目を務める河野院長は『治療のlongevity』を掲げ、地域密着の治療を提供しています。そして、院内には剣道昇段の証書が!剣道が大好きな歯医者さんは、一体どんな道を歩んで事業継承をしたのでしょう。

剣道に打ち込んだ学生時代のお話や、事業継承を決意するまでの道のりについて伺いました。

プロフィール

河野 正剛(こうの・まさたけ)

1977年東京出身。日本大学第一高校卒業後、日本大学法学部に進学。卒業後、メーカーでの勤務を経て明海大学歯学部に編入。長岡歯科での勤務を経て、曽祖父の代から続く河野歯科医院を継ぐ。剣道は小学校から始め現在も継続中。小石川剣友会所属。錬士七段。

▼ホームページ

河野歯科医院

創立は1917年。4代続く、地域に愛される歯科医院

──現在のお仕事について教えていただいてもいいでしょうか?

東京都文京区にて、河野歯科医院を経営しています。当院が開業したのは1917年で、創立から100年を超えています。僕はその4代目ですね。先代から通っていただいている患者さんも多く「地域に密着した歯科診療」で子供から大人まで多くの方に親しみを持ってもらえる場所を目指しています。

診療内容は以下の7つで、僕の担当は治療全般です。

・ 一般歯科
・ 予防歯科
・ 歯周病
・ 小児歯科
・ 口腔外科
・ 審美歯科
・ インプラント

一般歯科では、虫歯や歯周病の治療を行います。当院の方針は、なるべく歯を抜かずに治療すること。患者さんの歯を活かして快適な生活を送っていただけるよう、様々な知識、技術をもって治療をしています。

また、当院は特に「歯周病治療」に力を入れています。現在、成人の約8割が歯周病を罹患していると言われています。歯周病は口腔内への悪影響はもちろん、歯周菌による身体全体への影響も指摘されています。健康な歯で元気に暮らしていただくためには、歯周病への取り組みはとても大切なのです。

──虫歯にならなくても定期的に歯医者さんに行った方が良いでしょうか?

状況にもよりますが、できるだけ行ったほうが良いですね。

──口内の悩みや、虫歯がない場合には何を診てもらうのが良いですか?

予防歯科をお勧めします。予防歯科診療では、歯のクリーニングを行いつつ、歯の磨き方やお勧めの歯ブラシと歯磨き粉のご紹介、さらに食生活、生活習慣に関する総合的なアドバイスをさせていただいています。

誰もが、いつまでも健康な自分の歯で生活したいはず。虫歯になってから歯科へ行くのではなく、日頃からの予防が大切なのです。

エアフロー。パウダーを噴射して歯の着色をキレイにします。
歯ブラシや歯磨き粉の紹介POP

口腔外科では抜歯を主に行い、インプラントでは骨にネジを打ち込んで失われた歯を取り戻す治療を行います。

こちらの記事を読んでいる方で、「親知らずが気になる」「口の中が痛む」「入れ歯を作りたい」など、お口の中のトラブルがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。

剣道に打ち込んだ学生時代。卒業後は一般企業で営業を経験

──院内に剣道の証書が飾られていますね!剣道はいつから始めたのですか?

幼稚園の時ですね。当時、剣道が流行ってたんですよ。幼稚園の子達はみんな剣道を習っていました。所属していたのは、小石川西山道場。小学校も道場で稽古して、中学校は剣道部に所属しつつ、道場にも通っていました。

部活は中学2年生の時に残念ながら廃部になってしまいました。それでも、個人で区民大会に出場したんです。当時、自分がどれだけやれるかの物差しは文京区の大会だけだったので…。

決勝までは順調に勝ち進んだのですが、最後に京華中学校の選手に秒殺されました。

──京華中学校って強いですよね。

その選手は、中学の関東大会などで活躍していた選手でしたね。決勝ってみんなが観てるじゃないですか。そこで秒殺はかなりショックでした(笑)もう悔しくて。

そこから一生懸命稽古して、1年後、全く同じ選手と決勝で試合することになって、今度は勝ったんです。

──すごい!リベンジしたんですね!

その頃は成長期だったこともあって、稽古すればするほど伸びて楽しかったですね。

所属していた道場もいい雰囲気だったんですよ。2階は剣道場、3階は研修室になってて、大人の稽古が終わるとみんな飲み会をしていました。僕が区大会で個人優勝した時も、出前でラーメンを取ってお祝いしてくれたんです。

──素敵ですね。高校はスポーツ推薦ですか?

いえ、中学の剣道部が廃部になってしまったこともあり、大きな大会には出れなかったので…。都大会にも出たかったけど、中体連に所属していないと出られなくて。

進学先を決めるときは、高校生の大会を観に行ってチームを探しました。高校は日本大学第一高校に進学し、そこでも剣道部に所属しました。

──剣道が好きだったんですね。

中学では学校の剣道部として大きな大会に出たことがなかったので、高校で頑張りたかったんです。でも、結局高校でも都でベスト16くらいまでしかいけなくて、少し剣道から離れたくなりました。それで高校を卒業して2ヶ月くらいは剣道から離れて遊びまわってたんです(笑)

ある日偶然、道場の先生に会ってご飯を食べることになり、「剣道やりなさい」って言われて再開することにしました。

でも、体育会には入らず所属は同好会です。日大は学部対抗大会もあったりして賑やかでしたね。

大学時代に出場した「関東医歯薬獣医科大学剣道大会」

──大学卒業後は、リコーの関連会社に就職なさったんですね。

警察や教員への道も考えましたが、結局一般企業に就職することにしました。九州の銀行を受けたりもしましたよ。その当時は、歯医者を継ぐことも考えていなかったし、自分が今までいた場所とは、全く違う知らない場所や環境で仕事をしてみたかったんですよね。

──どんなお仕事をしていたのですか?

コピー用紙やトナー、シュレッダー消耗品のルートセールスをしていました。直販ではなく、販売会社に営業をする仕事です。

会社員時代はとにかく目標を達成すること、そのためにゴールから逆算することの大切さを学びました。毎日飛び込み営業で大変でしたが、相手と話をする際の工夫を学べたと思います。

僕は歯医者になるまでに少し遠回りをしましたが、その分、教育実習や営業など普通の歯科医師が得られない経験ができたとプラスに捉えています。

事業継承のきっかけは父の病。親友の言葉に背中を押され進学を決意

──もともと家業を継ぐ気はないとのことでしたが、なぜ継ぐことになったのですか?

きっかけは、父の病気でした。父が大腸癌になったんです。うちは兄も妹も医者なのですが、父は兄が働いている病院に入院したんです。そのとき「自分は父に対して何もできない」と不甲斐なさを感じました。

それまで僕、ずっと反抗していたんですよね。どうやら父は、僕が日大の付属校を選んだのは、日大の歯学部志望だからだろうとずっと思っていたらしいんです。でも僕は歯学部に進学する気が全くなくて、文系志望にしてしまった。両親はがっかりしたと思います。

高校の剣道部の親友からの後押しもきっかけの一つになりました。僕自身も実は迷っている部分があって、ある時「歯医者になったら」と背中を押してもらったんです。こういったいくつかのタイミングが重なって、歯医者の道を目指すことにしました。

「歯医者になる」と宣言した僕に父から出された条件は、「会社を辞めて予備校に行くこと」。僕は会社に行きながら勉強しようと思ってたんですけど…でも結果的に、会社を辞めて勉強に専念して正解でした。

予備校で勉強し、編入試験を受けて明海大学歯学部に進学することになりました。

──明海大学歯学部には何年生まで在籍したのですか?

6年生までです。卒業したときは29歳でしたね。卒業前に国家試験があって、合格しているか分からない状態で卒業式を迎えました。そして大学病院の研修が始まって1ヶ月くらいで合否を知らさせれます。だから研修が始まっても、試験に落ちた人はいなくなってしまうんです。

僕は試験に合格していて、研修後は用賀の長岡歯科に3年間お世話になりました。

──その間も剣道は続けていましたか?

忙しくてできなかったですね。明海大学の剣道部には所属していたのですが、32歳くらいまで全く剣道はやっていませんでした。

父親がそろそろ引退を考え、下の子も生まれて、さらに当院のビルも古かったので建て直しの話が出ました。全部がちょうど良いタイミングで、2010年に事業継承をして当院の院長になりました。

その頃から少しずつ時間ができて、剣道を再開しました。最近は道場での稽古のほかに、東京医科歯科大学の早朝の稽古にも参加させていただいています。

『治療のlongevity』を掲げ、信頼される歯科医院を目指す

──仕事をする上で大事にすることを教えてください。

曽祖父の代から地域密着でずっと事業をつないできました。長く通ってくださっている患者さんも少なくありません。だから、特に信頼を大切にしています。いい加減なことは絶対にしたくないし、4代目としての責務を全うしたいですね。

──ホームページには、コンセプトとして『治療のlongevity』が掲げられていました。

Longevityは「永続性」という意味なんです。要は僕の治療が長くもって、問題が起きないようにすることです。歯周病の勉強会で知った言葉で、僕が考えていたことにぴったりなので、当院のコンセプトとして掲げています。

──仕事と剣道のバランスに関してどう考えていますか?

もっと剣道やりたいですね(笑)

いまは週2回、土日に稽古をしています。コロナ禍になる前は東京医科歯科大学の早朝の稽古に参加させていただいていました。妻が東京医科歯科大学の剣道部だったので紹介してもらったんです。

──剣道はずっと続けたいですか?

はい、次は七段を取りたいですね!あとは、いつか少年剣士の育成をしたいんです。道場を立ち上げるまでのことはできないけど、指導に携わってみたいです。

剣道を長く続けてくれる子供や区の中心選手になってくれるような子を育てられたら嬉しいですね。

──お仕事に関して、展望はありますか?

河野歯科医院としては大学の研修施設になって、研修医を受け入れる体制を作りたいです。剣道と同じなんですけど、下の世代の子達をサポートしたいですね。僕自身も多くの先輩・先生方に恵まれ、ご指導していただいたので、恩返しの気持ちも込めて研修医を育成したいです。

──ご自身のことだけではなく、下の世代の育成や受けた恩を返すことを考えていらして、とても素敵だと感じました。また、個人的に予防歯科のお話が大変勉強になりました。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました!

住所〒112-0002
東京都文京区小石川1丁目16−11
電話03-3811-5456
営業日月~水、金/09:00~12:30
木,土/09:00~12:30
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