「五感をおさえていれば、人は絶対、居心地が良くなるはずなんです」
無垢フローリングのプロであり、長年木材コンシェルジュとして活動してきた前田英樹さんは、居心地の良い空間の秘訣は「五感」にあると語ります。
身一つで大阪から上京し15年。ゼロからのスタートにも関わらず、全国から多くの人が前田さんのショールームを訪れます。
さらに、前田さんは剣道道場床建築のプロでもあります。大学、高校、強豪道場…最高の道場床を求めて、一流剣士や指導者が前田さんのところへ相談に来るのです。
無垢フローリングと剣道床に対する並々ならぬ研究欲と情熱、こだわりについて伺いました。
プロフィール
前田 英樹(まえだ・ひでき)
1973年大阪出身。芦屋大学教育学部卒業後、埼玉県の吉野材専門問屋に勤務。その後、父が経営する木材小売会社に10年間勤務。2008年2月に上京し株式会社五感を設立。木材コンシェルジュとしてこれまでに2万件以上、住宅の無垢フローリングや剣道場床をコーディネート。剣道は小学校から始め現在も継続中。段位は五段。
無垢フローリングのプロ。木材コンシェルジュの仕事とは
──事業内容について教えていただけますか?
新木場で無垢フローリングの専門店『木魂・KODAMA』を運営しています。
──無垢フローリングとはなんですか?
天然木から作った自然素材のフローリングです。
フローリングは「無垢フローリング」と「複合フローリング」に大別できます。天然木から作った一枚の床板が無垢材、薄くスライスした木版を接着剤で貼り合わせて作った人工的な木材が複合材です。
無垢フローリングは身体に優しく、木そのものの香りや質感を楽しむことができます。
──このショールームからも、木の温もりが伝わってきて心地よいです。
こちらのショールーム『ゆらぎ』は、お客様に実際に手や足で素材に触れていただくことを目的として作りました。木の香りについても確認できるので、実際に住んだ時にどんな香りに囲まれて暮らすか想像できるんです。
木材の情報はWebサイト『木魂・KODAMA』に詳しく掲載していますが、インターネットの画面だけだと触感も香りもわかりません。弊社が取り扱う樹種は56種800アイテム。これほどの種類の無垢材に実際に触れる機会はそうそうありません。だから、北海道から石垣島まで全国からこのショールームにお客様が足を運んでくださいます。
──ショールームに来るのは個人の方が多いのですか?
はい、ほとんど個人の方々ですね。ハウスメーカー、設計事務所、工務店などもいらっしゃいますが、最終的にお金を出すのは住み手である個人の方々なので…。「自分のライフスタイルに合った木材を選びたい」「木材に対する理解がないまま買いたくない」という方が多いですね。
──ショールームではどんなお話をするんですか?
まずは木材について30分ほどお話しさせていただきます。それぞれの木材の特徴やメリット・デメリットを包み隠さず伝え、十分に理解していただいた上で「木の選び方」「価格」「メンテナンス」についてお話しするんです。
樹木は、フローリングになるために生まれ育ってきたわけではなく何十年も何百年も光合成によって炭素を貯め込みながら成長してきた訳です。そこに樹木よりも年下の人間が伐採し、加工し、床材として使っている。だから「自然の恵みを分けてもらっている」感覚をお客様と共有することがとても大事だと考えています。
無垢フローリングは、割れ・反り・曲がり・ヤニ・隙間など木材特有の現象は100%出ます。それ以上に、温かみや自然の香りが魅力です。さらに表面に多数の凹凸がある為に光が乱反射しますのでテカテカせず目にもとても優しい光になります。
また、用途によっても最適な素材は変わります。例えば、節や色ムラがあるお求めやすい無垢フローリングでも、子供部屋に使えば傷やへこみが目立たないんです。
メンテナンスの説明をする際は、こういったアイロンなども使いながらお話ししています。
──アイロンですか?
木は細いストローの集合体なんです。ちょっとへこんでも、水をかけて当て布をしてアイロンを押し当ててジュッとやると、凹んだストローがふやけて膨張するので元の形に戻ってくるんですよ。
自分の目で見て触れて、納得したものしか売りたくない
──ご実家も木材屋なんですよね。
はい、大学卒業後に埼玉の材木問屋に3年勤め、その後は約10年実家で修行を積みました。
東京に来たのは2008年で、本当にゼロからのスタートでした。妻と一緒に、一台の机とテレファックスから始めたんです。
──知り合いも誰もいないなか、どうやってお客さんを見つけたのですか?
当時、住宅の世界で「自然素材」がキーワードとして使われ出したんです。そこで新聞社や雑誌社にプレスリリースを出したところ、けっこう取り上げてくれて。
僕は『木材コンシェルジュ』という肩書きで活動しているのですが、「木材コンシェルジュってなんだ?」と興味を持ってもらえたようです。今は木材コンシェルジュ検定がありますが、昔はなかったんです。
専門誌だけではなく、ありがたいことに一般誌も取り上げてくれました。
会社を立ち上げた当時は、本当になんでも楽しかった。ショールームも自分たちで作り上げていったんです。この天井や壁も自分たちで塗ったんですよ。なので雑な仕上げというか、プロ感はないのですが…(笑)
── ご自分で塗ったんですか?めちゃくちゃ綺麗ですよ!!
ありがとうございます(笑)ご来店いただく方々にも好評で、塗壁体験教室も開催しました。本当に、たくさんの方に応援していただきここまできました。
僕ね、扱う木材のうち99%は立木を見に行くんです。輸入品もあるので業者さんが入ることもありますが、基本的には実際に見たものを丸太にして、加工してフローリングにしています。
たまにフローリングを販売している会社のWebサイトで、「アドバイザーのアルバイト募集!時給1900円」なんて書かれているのを見かけますが、そんな時給で雇われたアルバイトに説明されるより、たくさんの現物を見た知識豊富なプロから、お客様は木材を買いたいはずです。
いろいろな製材所・加工場を見て得た情報を踏まえ、お客様のご要望を聞き、最適な提案をすることが僕らの提供できる価値だと思うんです。
──そう考えるようになったのは、何かきっかけがあるんですか?
僕自身が、どこで取れたか分からないものを買いたくないし、食べたくないんです。だから当社は国際的な森林認証機関である FSCおよび PEFC / SGECのCoC認証を取得しています。CoC認証(Chain of Custody)は、生産・流通・加工の過程で不適格なものが混ざっていないか審査するための認証です。
木を伐採する山から川下まで全て番号で管理されていて、どこで生産されたのか全て辿れるようになっているんです。これをトレーサビリティー(追跡可能性)といいます。
──トレーサビリティーは、欧米でもトレンドになってますよね。
うちは10年以上前からこの認証を取得しています。同業の方々には「そんなの取ったって何になるの?」と言われてきましたが、近年では一般住宅でも認証材を使う流れが出てきました。
そこで組合の人に相談して、みんなで認証を取得しようと呼びかけたんです。いま取っておかないと、今後、木材が売れなくなる可能性があります。
最高の剣道場床を求めて。国内・海外約70の剣道場を視察
──剣道場床の施工もされているんですよね。
はい、『剣道場 床建築工房』として剣道場床施工、剣道場床技術指導を提供しています。
ショールーム『ゆらぎ』の下の階には、剣道場床材のショールーム『武切房』があり、うちで作った剣道床を実際に稽古で体験いただけるんです。
私は小学校の時に剣道を始め、中学、高校、大学、社会人と、ずっと続けてきました。でも、子供の頃から足裏のやけど・まめなど怪我が本当に嫌で…。
しかし、ある剣道場で稽古をしたことが転機となりました。その道場の床はクッション性が高く、優しさと温かみがあって思いっきり踏み込んでも足に負担が少ないんです。床の質の高さに、衝撃を受けました。
それまで「剣道には怪我がつきもの」で、特に足にまつわる怪我は仕方ないと考えていました。しかし、良い床で稽古すれば、足腰の弱い年配の方、ブランク剣士でも安心して稽古ができます。床次第で、足への負担が全く違うことをこの時に初めて知ったのです。
どうしてこれほどの違いがあるのか、床材のプロとして強い興味がわきました。そこで、旧武徳殿を始めとした日本中の剣道場、海外の武徳殿も巡り、さらに武道学会にも入会し剣道場床の研究に取り組んだんです。
──Webサイトを拝見したのですが、日本国内・海外合わせて約70もの剣道場を視察なさっていますよね。
はい、みなさん本当に快く見学をさせてくださいました。どの道場も今と違って情報が少なく資料やデータが集まらないなか、その時代で出来うる様々な工夫が見受けられました。それら先人の工夫一つ一つは本当に素晴らしく、大変勉強になりました。
そして今も昔も剣士が抱える問題には多くの共通点があることに気が付きました。先人たちの工夫は、私が現在の剣道場床の諸問題に照らし合わせたときに、新たな視点を与えてくれるものばかりでした。
「剣士にとって最高の剣道場床とはどのようなものなのか?」、床のプロとしても、いち剣士としても徹底的に考えました。
例えば、そもそも体育館は「シューズを履いてスポーツを行う場所」です。だから体育館の床表面には滑り止めが施されています。滑り止めの上で素足ですり足をしたら、火傷して水膨れができるのは当たり前なんですね。
また、素足で強く踏み込む剣道にとって、体育館の床は硬すぎます。剣士たちが踵を痛めるのも仕方ないことなんです。逆に、剣道に適した最高の剣道場床で稽古をすれば、パフォーマンスは全く変わります。
私がご要望や悩みなども伺いながら、現時点で考えられる最良の剣道場床を提供しています。
──その結果、今は名だたる強豪大学や道場が前田さんに床施工を依頼していますよね。
ありがたいことに、これまでに日本国内のさまざまな高校、大学、自治体、私設道場にご連絡いただき、剣道場床を作ってまいりました。最近では海外からお問い合わせをいただくことも少なくありません。
ただ、私どもの剣道場床はこれからも時代に合わせて変化していかないといけないと考えています。
時代は変わります。この先、剣道もルールや技術も変わるでしょう。一方で道場床の木材加工技術や施工方法も進化します。その時代時代に求められる剣道場床を提供しなくては生き残れないと思っています。
「五感」をおさえれば、心地よい空間が生まれる
──心地よい住宅について、プロと生活者、両方の視点から伺ってもいいですか?
会社名にもしている「五感」です。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、この5つをおさえていれば、人は絶対、居心地が良くなるはずなんです。それをどうやったら具現化できるかずっと考えてきました。
ちなみに、このショールームにおむつをした子供がくると、99%うんちをして帰るんです。「うちの子、外でうんちなんて、したことなかったのに…」と不思議がる方も少なくありません。車や電車に乗って、小さい子供は絶対に緊張しています。でも、このショールームにくると自然とリラックスするんですよ。
僕らは慣れてるので、おむつを替える場所を用意していて、そちらにご案内します。すると、「こういう住宅いいね」と絶対言ってもらえるんです。
視覚 | 木材に当たった光は表面の凹凸により屈折するので、眩しくなく優しい光になります。 |
聴覚 | 様々な楽器に木材が使われていることからも分かるように、まろやかな音になります。 |
触覚 | 木材は表面の凹凸が空気を含んでいるので、夏はサラサラ、冬は冷たく感じにくいです。 |
嗅覚 | 弊社では、アロマオイルにもなるほど素晴らしい香を放つ樹種も豊富に取り揃えております。 |
味覚 | ショールームにいらっしゃるお客様に出す呈茶は、木製食器を使用し香りや手触り、口当たりを楽しんでもらいます。 |
このように、五感に関することを一つ一つ真剣に考えていったら、絶対に変な空間にはならないんです。
不戦常勝、”強い会社”になるために
──今後の展望を教えてください。
”強い会社”を作ることですね。強い会社というのは、その分野で敵がいないこと、戦わずして勝てる会社です。
強い会社になるために、特許の申請も積極的に行なっています。2017年2月10日に「移動式剣道場(特許 第6088136号)」、2018年4月13日に「フローリング構造(特許 第6322550号)」を取得しました。
──特許のアイデアや、御社独自の強みはどうやって見つけるんですか?
手前味噌ですが、こんなふうに面談時間をとって話をする材木屋は実は珍しいんです。
ショールームでお客様のお話をじっくり聞いていると、どんどん困りごとが出てくるんですよ。そして、僕がお客様のために何ができるのかを徹底的に考え、掘り下げて考えていきます。
世の中の人が求めているものを作れば絶対に売れます。極端な例かもしれないけれど、痩せる薬とか毛生え薬とか、誰もが探しているもの。結局は、どれだけ人の役に立つ仕事をするかどうかなんですよね。
先日、父が黄綬褒章を賜りました。それを見て、自分も世の中にもっと貢献しないといけないと気持ちを新たにしています。
2022年2月に株式会社五感は15周年を迎えました。妻と2人で軽自動車に荷物を詰め込み、何の伝手も無く上京してきて、首都高速から見た東京タワーの眩しさは今でも鮮明に思い浮かべることができます。
妻と一緒に、がむしゃらに働いてきました。僕らは「何歳までに○○をする計画書」みたいなものを作っていて、共通の目標を確認しあっているんです。全く計画通りに進んだとは言えないけれど、そうやって夢を叶えてきました。
ただぼんやりと喋るだけではなく、妻のやりたいこと、僕のやりたいことも書き出してお互いなんとなく把握しています。2人とも活動的で、まだまだパワーがあるので、これからも一緒に色々なことに挑戦し、頑張っていきたいですね。
ーー住宅も剣道場も、妥協なくご自身の仕事を追求されていると感じました。本日はどうもありがとうございました!
住所 | 〒136-0082 東京都江東区新木場1丁目6−13 木のくに屋 4F ビル |
電話 | 03-3522-4169 |
営業日 | 月曜-日曜/9:00-18:00 |
定休日 | 水曜日 |
この記事へのトラックバックはありません。