剣道関連の動画CMにて「剣道防具クリーニング・武蔵坊剣洗」というサービスの存在を知った剣道愛好家の方々は少なくないのではないしょうか。
この事業を運営するのは、東京都武蔵野市、小金井市、東久留米市、調布市などに複数のクリーニング店を展開する有限会社大佛です。代表取締役を務める露木幹也さんは剣道七段の愛好家(※)。もともと家業であったクリーニング店を受け継いだのち、自身が取り組む剣道の分野へと事業を拡大しました。
数多くの剣士に愛される人気のサービスへと成長した「武蔵坊剣洗」。露木さんが事業のその先に見据えているのは、自身が愛する剣道の「普及発展」と「人口増加」でした。
※露木代表は取材後、2026年5月2日の剣道八段審査会(於.京都)において見事に八段に昇段されました。
プロフィール
露木幹也(つゆき・かんや)
1962年1月29日東京都生まれ。東京・関東高校(現・聖徳学園中学・高校)を卒業後、陸上自衛隊に入隊する。自衛隊での勤務を経て、家業であるクリーニング店・有限会社大佛に入社。現在は同社の代表取締役を務め、剣道防具のクリーニング事業「武蔵坊剣洗」を立ち上げる。
自身は小学2年生から剣道をはじめ、中学、高校、そして自衛隊でも剣道部に所属。その後、剣道から離れる時期が続いたが42歳で再開し、以降は現在まで継続する。主な試合戦績には、関東高校大会団体戦出場などがある。剣道教士八段。
剣道防具クリーニング 武蔵坊 剣洗
https://bougu-kensen.com/
ゴアテックス・アウトドアクリーニング 武蔵坊 山洗
https://yamasen.tokyo/2023/
大佛クリーニング
https://dai929.com/n21/

42歳から剣道再開。
それが防具クリーニング事業立ち上げのきっかけに。
――― いまとなっては「剣道防具クリーニング」もずいぶん周知されてきたかと思いますが、まだ未体験の剣道愛好家の方もいます。このサービスの評判、スタートするにあたっての経緯などを、露木幹也さんにおうかがいできればと思います。
露木 私が家業であったクリーニング店経営を継いでからすでに40年ほどが経つのですが、「剣道防具クリーニング武蔵坊剣洗」をはじめたのは17、18年前のことになります。最初の2年は私と近しい間柄にある人たちに対してだけ、なかばサービスのようなかたちでクリーニングをしつつ、試行錯誤を重ねてきました。それからホームページを立ち上げたわけですが、当時はまだショッピングサイトとしての完成度もさほど高くもなく、おそらく「怪しげなサイト」という印象を抱かれることも少なくなかったように思います(笑)。そのあと2、3年ほどの時間をかけてサイトを整えるにつれて事業としても順調に伸びてきて、現在は毎年成長を見せているような状態です。
露木 多くのご依頼をいただくなかで気づいたのは、とくに剣道家ご本人よりもそのご家庭のお母さまたちからご好評の声をいただくことでした。現在となればユーザー層も広がりを見せて、高校生や大学生、実業団の選手や全日本選手権大会に出場するトップ選手、高段位の先生方など幅広くはなってきましたが、そもそも私たちがこのサービスのターゲットとして見据えていたのは小・中学生のお子さんがいる保護者の方々。私がこの事業をスタートさせたきっかけは、まさにそんな「お母さんからの声」で、それは実は私自身の家庭でのことなんです。
露木 私の息子が剣道をはじめたことで、私自身もいわゆる「リバ剣」として復帰。親子で剣道に取り組むことになったわけですが、そこでひとつ問題となったのが「防具のニオイ」でした。剣道をまるで経験したことのない私の妻が道場や大会の会場に行くたびに「クサい!」と言い、「防具って洗えないものなの?」と私に相談してくるわけです。私自身は防具を洗おうと考えたこともないですし、もう慣れてしまっていてとくに「クサい」とも感じなかったのですが、剣道をやっていない人からすれば世間でよく言われるイメージどおり、やはり「剣道はクサいのだ」とそこで改めて知ることになりました。
露木 私自身もある程度のクリーニングのノウハウは知っているつもりですから、そこで改めてクリーニング屋の視点から剣道防具を眺めてみると、革や綿、ポリエステル、毛氈、と多くの素材が用いられている点がその大きな特徴として見えてきた。それらの素材のひとつひとつに目を向けてみた結果、使うべき薬剤、適した洗い方がなんとなく想像がついたものですから、「これならばクリーニングは可能だ」と判断したんです。

いまや剣道防具のクリーニングは愛好家必須のお手入れ方法となりつつある。
――― 従来の設備環境で防具のクリーニングが可能だったわけですね。
露木 防具のクリーニングについてはほぼ機械は使わず、手での作業が多いんです。だからもちろん手作業ならではのタイヘンな部分はありつつも、実際のところ試行錯誤したのは使用する石鹸、薬剤のほう。一般的にはあまり知られていないことだと思いますが、クリーニング業界には、石鹸屋さん、洗剤屋さんが存在していて、それらは「混ぜ屋さん」と呼ばれるくらい、用途や環境に合わせていろいろな薬剤を混ぜ合わせてくれるものなんです。それは特殊な品を洗うときだけに限った話でもなく、普通のワイシャツを洗うにしたってそう。大手から販売されている業務用の洗剤を使うことも多いですが、それだけだとどうしても「あれっ?」と困ることがある。カンタンに言ってしまえば、洗剤には汚れとなる油分を落とす作用と黄ばみを落とす作用とがあって、既製品の場合はそのどちらかの作用が強かったりするんです。どちらかがキレイに落ちると今度はもう片方の汚れが目立つので、我々はそれぞれの作用を持つ二種類の洗剤を順繰りで使用せざるを得ないわけですが、そこで店の要望に応じた洗剤を配合してくれるのが「混ぜ屋さん」たち。お願いすれば1週間ほど工場に張り付いてくれて、汚れ具合や使う水道水の水質調査までやってくれる。そうしてオリジナルの洗剤を配合してくれるんです。
露木 防具の話で言えば、ユーザーさんからのご要望はまず「藍の色落ちを止めたい」というものがありました。そこで、紺反や紺鹿革の色の流出を防ぐために、石鹸メーカーさんや研究機関にお願いをしたところ、結果的には藍染めの流出を完全にストップするのはムリだという判断になった。たとえば樹脂で固める加工をすれば完全に止めることは可能だけれど、それでは防具の風合いが損なわれてしまいます。事業を立ち上げてはじめの2年は、可能な限り藍の流出を遅らせるような薬剤の配合に費やして、それがなんとか実現したわけです。
――― 防具の各部位をクリーニングできるんですね?
露木 そうです。ご注文の多い順で言えば、面が一番多くて、小手と垂が同じくらい。そして胴ですね。事業をスタートする前には面と小手がメインになるだろうと予想をしていて、垂はもちろん、とくに胴については別に商品化しなくてもいいんじゃないかと思っていたくらいなんです。しかし、いざはじめてみると、垂も胴も想像していた以上にご依頼が多い。胴は表部分を拭いて、あとは紐を洗面器で洗うくらいしかやることもないだろうと思っていたのに、いざお預かりしてみると胸部分の裏側に汗が溜まっていることが多くて、ヒドいものでは汗でふやけて革がブヨブヨの状態になっているものもありました。それがとくに小・中学生などの若い世代に多く見られる理由を考えてみると、おそらく吸汗速乾性に優れたジャージ剣道着の影響かなと思います。同じ理由で垂もとくに内側に塩が噴き出てしまうケースが多くて、そもそも稽古量が多いという理由もあるかもしれないけれど、機能性に優れたジャージ剣道着の登場による新たなメンテナンスの変化でしょうね。

――― リピーターも多いとお聞きしますから、お客さまはやはりその仕上がり具合にかなりの満足感を覚えているんでしょう。
露木 一度クリーニングをしてみると「汗の吸い」が違うことが実感できると思います。自分自身でも防具を着けていて、「ああ、汗をしっかりと吸い込んでくれているな」と感じますし、もちろん一般の方々に嫌われがちな独特のニオイもキレイに消えますね。
露木 しかし、私がクリーニングをオススメする理由はそんな衛生面の問題だけでなく、防具のメンテナンスという部分でもぜひやっていただきたいと思っているんです。やはり皮脂や塩分、汚れをそのままにして使い続けると、どうしても防具の傷みは早くなるものです。以前、とある実験をした研究者の先生がいて、それは毎日同じ靴下を履く実験。左右ある靴下の片方は洗濯をして、もう片方はいっさい洗わずにおいて、そのダメージを比較するという内容です。結果的に先に穴が空いたのはやはり洗わないほうで、繊維に付着した皮脂や塩分などが固まってしまい、それが紙やすりのように擦れることで繊維の傷みが早まってしまう、と。防具もそれと同じで、汚れを落とせば摩擦も少なく、布団へのダメージも軽減できるんです。
露木 ご依頼いただいた防具は1週間くらいでお渡しができるのですが、近年は乾燥にかける時間が短縮化できたこともあって、実際には3日ほどで仕上げることも可能です。しかし、もしそのあとに大事な審査や試合で使いたいというのであれば、少なくとも審査や試合の1週間前には仕上がった防具を受け取ることができて、そこから防具を慣らせるような、余裕をもったスケジュールでご依頼いただくのが良いかと思います。一度クリーニングをすると、たとえば小手のなかの綿などが少し膨れたりもして、クリーニング前とはややフィット感に違いが出るもの。何度か稽古をすることでそれも元どおりになるので、大事な本番前には2、3回ほど稽古で使っていただくことをオススメしています。
――― 大好評という「武蔵坊剣洗」ですが、その注文依頼はインターネットがほとんどですか?
露木 ご注文の多くはネットからのご依頼が多いのですが、いまは店舗への持ち込みも増えてきました。おそらく大会や審査会のついでにご来店くださるのだと思うのですが、関東だけでなく地方の方々が多いことに私も驚かされます。クリーニング大佛は、中央線沿線の武蔵境駅から小金井駅までのエリア、京王線の西調布駅、西武池袋線の東久留米駅などに10店舗ほど展開していますが、そのどの店舗でも受け付けています。
露木 また、お付き合いのある剣道具店さんも50社ほどあって、そちらの各店舗からもご依頼をいただけますが、私としては基本的にお客さまには剣道具店さんに足を運んでいただきたいという思いがありますね。どんな小さな要件であっても頻繁に剣道具店さんに足を運べば、コミュニケーションを重ねるうちに自然と信頼関係を築けるものです。自分の馴染みの剣道具店さんができれば、修理や防具の購入などもしやすくなるわけで、それが剣道の普及と発展へとつながる。そもそも剣道具店さんで防具が売れない限り、私たちの仕事もないわけですから、私としてもぜひ剣道をどんどん盛り上げていきたい。本来はただのクリーニング屋だった私ですが、防具のクリーニングをはじめたことで、いつしか剣道具業界の一員になってしまいました(笑)。



ニオイの問題は剣洗で解決。
すべての日本人が剣道を経験する未来を夢見て。
――― 露木さんのご経歴、剣歴についてもぜひお話をうかがえれば。もともとのご出身地となると?
露木 大佛クリーニング本店がある、この東京都武蔵野市が出身ですね。剣道は小学2年生からはじめたのですが、そのきっかけは叔母さんからの勧めでした。私は4人きょうだいなのですが、女3人のなかに男が1人。そんな環境だったこともあってか、もしかすると叔母からは私がずいぶんと軟弱な子どもに見えたのかもしれません。そこで叔母に連れて行かれたのが当時武蔵野剣道連盟が稽古していた警察署で、そこで剣道をはじめることになります。昔の少年剣道は、いまとは違って基本指導にみっちりと時間をかけるもの。私も防具をつけずに足さばきなどの基本練習を2、3年ほどやらされたわけですが、道場に行けば近い世代の先輩や友だちも多かったので、当時は楽しく通った記憶があります。とはいえ、私はサボり魔でもあって、道場に向かうまでにあちこちと寄り道しては、練習の終わりを告げる太鼓が鳴るくらいに道場に到着。「ずっと稽古してましたよ」みたいな顔をして最後の整列にだけ参加したことも少なくありませんでした(笑)。
露木 地元の中学校でも剣道部に入部しましたが、決して真面目な部員ではなかったように思います。だからとくにどこの高校に進学したいという希望もなかったのですが、かつて警察署でやっていた武蔵野剣道連盟が、近所の関東高校、いまは聖徳学園中学・高校という学校名になっていますが、そちらの高校の道場を稽古場とするようになった。稽古場所を貸す関東高校剣道部の先生も武蔵野剣道連盟の稽古に参加されるようになったことで、その先生からお声がけをいただき、私は関東高校に進学することになります。剣道部の先生はまだ20代とお若くて、関東高校に赴任して3、4年目。当時の剣道部は関東大会出場を目標にして熱心に稽古に取り組んでいて、その悲願は私たちの代で叶えられることとなります。
露木 思いがけず戦績に恵まれたことで、私にも大学進学のお話が来たわけですが、当時の私にとっては部活動の稽古があまりにもハードで、「こんな稽古を大学でもやるのはちょっと……」という思いが芽生えてしまっていた。ほかの進路希望がなければそのまま大学進学を薦められてしまいますから、そこで私は自ら陸上自衛隊の門を叩くことにしたんです。自衛隊の訓練も決してラクではないですが、キツいと言ってもそのほとんどが体力的な問題でのことばかり。たとえば「走っておけ!」と言われたならば体力の続くかぎり走っていればいいだけなので、剣道の稽古の厳しさに比べたらずいぶんとマシに感じたんです。
露木 私が勤務したのは練馬駐屯地で、自衛隊でも剣道部に所属しました。剣道部では先輩方にも恵まれてずいぶんと可愛がっていただきましたし、地域の大会にも出場などして、楽しい思い出が多いですね。とはいえ、そもそも大学進学を避けるために選んだ道でしたから、そう長く居続ける気持ちもなく、自衛隊は1任期、つまり2年で辞めて、20歳から家業であった洗濯屋に入社することになります。初代社長であった父親のもと、まるで剣道の修行のように、「基本の基」を学ぶのに5、6年ほどの時間を費やしたのは、いまとなってはいい思い出ですね。剣道については、知り合いの先生から武蔵野警察署の朝稽古に誘われ、就業前にする日々でしたが、それも25歳くらいになるとどうしても仕事が多忙となってきて、自然と剣道から離れることとになります。

――― そしてお子さんがはじめるのとともに再開したんですね。
露木 そうです。子どもが小学4年生のときで、私は42歳でした。子どもには別に私が剣道を薦めたわけではなくて、友だちとのやり取りがきっかけだったようです。ある日ウチの子どもが友だちを遊びに誘ったところ、その友だちが剣道をやっていて「その日は剣道の試合があるからダメだ」と断られた。するとウチの子どもが母親といっしょにその大会を見学に行って、もう次の週には「自分もやる!」と言い出したんです。私はいっさい口を出さなかったけれど、そこでたまたま入会したところが武蔵野剣道連盟の流れを汲んだところ。道場に通ってみれば昔の私のことを知っている先生方がおられて「お父さんを連れてきなさい」と(笑)。それで私も再開することになったわけです。
子どもは結局辞めてしまったけれど、私だけはそのまま継続しています。いまの稽古のペースは週に2回から3回で、再開した道場をメインにしつつ、かつてお世話になった先生方の稽古場などにも通わせていただいています。
――― 久しぶりに再開してみていかがでした? その当時のご記憶はありますか?
露木 42歳で再開したわけですが、気持ちだけは一度辞めた当時の25歳のまま。だからはじめのころは肉離れをしたりアキレス腱を切ったりと負傷だらけです(笑)。でも再開してすぐに感じたのは「剣道ってこんなにも心の動きに左右されるものなんだ」ということ。かつて筋力や瞬発力だけでやっていた剣道との違いに気づいて、すぐにおもしろさを感じましたね。
――― 42歳から剣道を再開して、現在段位は七段。しっかりと昇段を果たされているのもすばらしいですね。
露木 再開したときは四段でしたが、昨年(2025年)の11月からついに八段審査に挑戦できるようになりました。一次審査はなんとか通過できましたが、やはり二次審査は不合格。ザンネンな結果ではありますが、そんな大きな目標にチャレンジできる環境にあることがまずは幸せなのかなと感じています。かつての恩師をはじめとする先輩方はずっと八段審査に挑戦を続けつつも、現在はすでにお亡くなりになった方々も少なくありません。受かる、受からないについてはどうしても自分の技量次第ですが、そんな諸先輩方のように、生涯を賭けて挑める目標があること自体がなによりも幸せだと思うんです。
――― 今後も引き続き八段審査に挑戦されること、そして合格を期待しています。お仕事にについても、これからの目標などあればうかがいたいと思います。
露木 本業であるクリーニング事業については、もう私もある程度の年齢ですから、すでに次の世代への移行はできている。大きな課題としては「武蔵坊剣洗」をどう次世代に引き継いでいくか、という部分にあると感じています。託すとすればやはり剣道経験者が適していると思えなくもないけれど、一度教えてしまえば経験者でない人のほうがむしろ仕事が慎重ですね。たとえば防具の面型などはとくにお客さまごとのこだわりや美意識が出やすい部分ですが、剣道未経験のパートさんにはじめはそんなことは分からない。どうしてもその点の取り扱いには無頓着になりがちですが、「剣道ではこういう型が美しいとされるんだよ」と教えれば、それ以降は自分が知らない分野だけにむしろとても丁寧に扱いますし、ときには向こうから「これはこういう型で大丈夫なんですか?」と尋ねてくるほど。だから専門的な品を取り扱う場合にこそ、その知識のない人のほうが配慮が行き届く場合もあるかもしれませんね。
露木 事業の引き継ぎと同時に、剣道に携わる一人の人間としてはやはり剣道人口を増やさなければいけないという思いは強いです。剣道は武道ですから、どうしてもきらびやかではない。しかし、きらびやかではないものにこそ、価値が見出される時代が来るのではないかという期待があるんです。剣道は日本が誇る武道なんですから、日本人全員が一度は剣道を経験するような世の中になればいいと思っています。
――― そういった意味では「武蔵坊剣洗」は剣道界に大きな貢献をしていますね。剣道のネガティブなイメージである「ニオイ」の問題を解決しているのですから。
露木 そうですね。剣道愛好家の皆さんには「いまは違うんですよ。防具は普通に洗えるんです、クサくないんです」と胸を張って言っていただけるようにはなったかもしれません。私のやっていることがほんの少しでも剣道普及の助けとなっているようならばうれしいですね。
※露木代表は取材後、2026年5月2日の剣道八段審査会(於.京都)において見事に八段に昇段されました。




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