受験の先を見据えた「現代文」とは?かつて日本一の剣士を目指したカリスマ予備校講師(藤井健志事務所代表 / 藤井 健志)

東京大学を卒業後、1年間の銀行勤務を経て予備校の現代文講師として活躍する藤井健志先生。予備校や塾に通わず東京大学に合格した超秀才ですが、小学校の頃は「日本一」を目指して剣道に打ち込んでいたそうです。

警察や教員として剣道を続ける道もあったはずですが、なぜ予備校講師を選んだのでしょう。
また、藤井先生は東京だけではなく福岡や新潟でも授業を受け持ち、全国の進学校で高校生への直接指導や教員研修も行っています。「現代文を学ぶ意味」、そして「相手が言いたいこと」を正確に捉える力、挫折や失敗を糧にするメンタリティについて伺いました。

プロフィール

藤井 健志(ふじい・たけし)

1969年東京生まれ岡山育ち。岡山一宮高等学校を卒業後、東京大学に進学。卒業後は銀行勤務を経て予備校に転職。その後、個人事務所として「藤井健志事務所」を立ち上げる。カリスマ現代文・小論文講師として代々木ゼミナールで授業を受け持つほか、教育委員会委員、医療ガバナンス研究所研究員も務める。

剣道は岡山宗治道場で小学校2年生から始める。中学校時は全国大会で個人戦3位の戦績を残す。高校時代は団体戦で県ベスト4。個人では中国地区ベスト8。

予備校は、大学での学びに「備えるための学校」

──現在のお仕事について教えてください。

メインの仕事は代々木ゼミナールの現代文・小論文講師です。授業を受け持っているのは代々木校、福岡校、新潟校。サテラインの授業も担当しているので、全国に配信される映像での授業もありますよ。今日もこの後、撮影の予定が入っています。

震災以降、ボランティアで不定期ではありますが福島にも顔を出しています。

──講演のお仕事もしていると伺いました。

そうですね、講演では予備校講師としてお話をすることもあれば、親や教育委員の立場からお話をすることもあります。僕はPTA会長の経験があって、そのご縁で国分寺市の教育委員もやらせていただいているんです。ですので、教育関係はわりと幅広くお話ができます。

最近は各地の進学校から単発でお仕事をいただくことも多く、教員研修やPTA総会で講演をすることが増えました。

──現代文の授業では、どんなことを教えていらっしゃるんですか?

僕が教えているのは「入試の現代文」なので、「学校の国語」とは違う特殊な部分があります。まず大前提として、入試の現代文には「大学の先生が、学生に読めるようになってほしいと考えている文章」が選ばれているんです。

合格して、大学に入学した後に必要な読解力が試されています。基本的には、出題された文章をきちんと理解できているかどうかのテストなんですよ。読む側は、自分はどう思うかの前にまず、「筆者が言いたいこと」を考えないといけません。

──大人でも「相手の言いたいこと」を受け取れていない人が多い気がします。

「相手が何を言っているのか正しく理解すること」は大学に入ってからも社会人になっても、ずっと使うことですよね。社会人になってからも文書のやりとりは必須ですし、議論を交わすにしても、まずフラットな目線で相手の言っていることを捉えないといけない。
予備校は「予め備える学校」と書きます。大学に入るためじゃなくて、大学で学ぶため、あるいは将来働く時に備えるための学校なんです。

テクニックよりも「相手の言いたいこと」を正確に捉える力を養う

──まず第一は「文章を読んで言いたいことを正確に捉えること」なんですね。

はい、そして本文だけでなく質問の文脈を理解した上で、適切な解答を判断できなければなりません。

──質問の文脈というのは?

例えば、「藤井さんはどこ住んでるの?」と聞かれたとします。この質問を東京都内の人たちとの会話で聞かれたとしたら「西国分寺です」と答えるけど、僕が授業を受け持っている新潟校でしたら「東京です」と答えます。「西国分寺です」と言われてもわからないと思うので。
逆に東京都内の人たちとの会話の中で「東京です」と答えたら、東京駅の近くに住んでるのかと勘違いされてしまう可能性があります。

──「選択肢の選び方」といった、テクニックを教える授業もあるのですか?

もちろんありますよ。

例えば、設問文に「最も適当なものを選べ」と書いてある場合、正解の選択肢は正解だからこそ最適な表現をしてないことがあります。あえて選びにくい表現を出題者がしているんです。選抜のためのテストですから。そこを計算に入れて選択肢を選ぶことは当然必要です。

例えば「怒りが表に出ないよう我慢している女の子」を、比喩表現で「霧のかかった表情」と描写していたとします。この描写の意味を回答する問題で、選択肢に「感情を覆い隠して」「怒りが滲み出て」の2つがあったら、少し迷いませんか?

「感情」は「喜怒哀楽」の全てを含みます。だから「感情を覆い隠して」だと正直、説明としては不十分なんです。でも他の4つ選択肢が誤りであれば正解にするしかありません。慣れてる僕らからすると、この不自然さから逆に正解の匂いがします

逆に「怒り」の部分が合っているからと「怒りが滲み出て」を選んでしまうと不正解になってしまいます。「覆い隠してる」んだから「滲み出て」いる訳ではないんですよね。

──確かにこれは、迷いますね。

数学や理科みたいに「絶対的な答え」を探そうとすると、的外れになっちゃうんですよ。厄介なのは、「国語の的外れ」はたまに的に命中してしまうことですね。現代文は全然勉強していない子もたまに命中してしまうんです。だから「ま、できる時もあるし」といった態度になりがちです。特に、入試をうまくくぐり抜けた経験のある子は「国語なんて結局運だよね」と考えるようになってしまう。剣道でも、必然性がないままたまたま当たった一本は再現できませんよね。

──ちょっとわかる気がします。

僕は「選択肢を選ぶコツ」や「抜き出し問題の解答の見つけ方」とかいった入試特有のテクニカルな部分はとっとと大人に種明かししてもらったほうがいいと考えているんです。

本文の内容がわかっているのに、選択肢が不十分で迷って間違えてしまうような場面は、社会に出てからはほぼないでしょう。

しかもセンター試験の現代文は設問1つに8点近く配分されているので大打撃です。正解の理由がわからなければ「これやる意味あるのかな」と感じるだろうし、国語に不信感を持たれてしまう。

でも、「正解だからこそ、こういう表現になっているんだよ」と教えてあげると、もともと国語力を持っているのに発揮できなかった子ができるようになったりします。教え子が大学生になって「家庭教師で国語を教えてます」なんて言ってくれる時は嬉しいですね。

学校の国語の先生でも、「問題を解く」作業をしっかりやっていない方だと、設問の対処の仕方についてはっきりしないままになっていることがあるんです。学校で教えていらっしゃるくらいだから国語も好きだし、国語力もあるんだけど、入試の現代文とはまたちょっと違うんですよね。なので、生徒に上手く伝えるために、進学校で教員研修に入らせていただくこともあります。

「人生は、自分次第」。挫折もいつか糧になる

──冒頭でおっしゃっていた、「入試の現代文はちょっと特殊」の意味がわかりました。

繰り返しになりますが、重要なのは志望大学の先生が「読んでほしい」文章をちゃんと読めるようになること。だから授業が始まる春先には「読めれば解ける。その前提で勉強しよう」とまず伝えます。

特に、僕の授業は浪人生が多い。18・19歳の子が1年・2年同学年の子達から遅れるのって、その年齢の子たちにとっては大事件じゃないですか。僕らくらいの年齢になったら気にならないけど。しかも年々少子化で浪人生は減ってるんですよ。

──クラスのなかの浪人生も減ってるってことですね。

ええ、しかも9月・10月くらいから推薦入試が始まります。学校にもよるのですが、中堅どころの学校は推薦で進学する子が多い。周りの子の進路が確定していく様子を半年以上眺めて、必死で勉強して、へとへとになって「1年遅れてしもた」「うわぁ、浪人してしもた」って顔をして予備校に来るんですよ。

でもね、せっかく僕の授業を受けてもらうからには、盤石な学力をつけて、「運よく現役で受かってたら、きっといま大学の先生が言ってたことわからなかったかも。予備校で勉強してよかった!」って思ってほしいんです。
そして、これからの人生は、君達次第でどうにでもなるとも伝えています。例えば、僕には中学校3年生まで「剣道で日本一になる」って夢があったんですけど、全国大会の準決勝戦である剣士に負けて、その夢を砕かれてるんです。

子供の頃の夢は、剣道日本一

──中学校の頃に、全国で3位になられているんですね!剣道は何歳から始めたのですか?

小学校2年生です。僕、小学校に上がる直前に転園したんですよ。環境がガラッと変わってしまい、岡山弁を喋れないのもあって、おとなしくて消極的な子供でした。通知表にも「真面目に頑張ってますけど、すぐ涙が出ますね」みたいなことを書かれていたそうです。

そんな僕を見て母が心配したんでしょうね。スポーツでもやらせればマシになると考えたみたいなんです。僕の通ってた学校にはスポーツ少年団があって、ソフトボールか剣道のどちらかをみんな習っていました。

当時、時代は王貞治の全盛期。迷わずソフトボールの見学に行ったら、ちょうど練習試合をやってたんです。いま思うと難しいボールだったんですけど、キャッチャーがエラーしてしまいました。すると、チームの監督さんが「キャッチャー、ちょっとこい」って。そして、スパーンとビンタしたんですよ。

──めちゃくちゃ怖いですね!(笑)

ええ、それを見た瞬間、「母さん僕、剣道やろうかな剣道の方が、向いてると思うな!」と伝えました(笑)

そんな経緯があったので、他の同期の子よりも2〜3週間遅れてのスタートでした。始めてみたら剣道の方が全然しんどくて「嫌だ〜」と思いながらも週に3回、母が道場に連れていってくれました。

でも、ある日送り迎えが母から父になったんです。うちは学生服屋だったんですけど、ちょうど剣道の練習の時間帯にたくさんお客さんが来ていて。忙しくなってきたので母が送り迎えをするときは、父が店番をすることになったんです。

たぶん、だんだん接客がめんどくさくなっちゃったんですよね。ある日「俺が剣道の送り迎え行くわ」と言い出したんです。

父は、めちゃくちゃ運動神経がいいんですよ。水泳で県で準優勝、テニスで優勝したりとスポーツ万能でした。僕は鈍臭いので、父はきっと見ててイライラしたんでしょうね。「朝、早起きして素振りしろ」って言われたんです。

「お母さん、送り迎えしてよ〜」と不満に思いながらも、素振りしたり走っているうちにレギュラー陣と戦えるようになり、3年生の時にAチームで試合に出るようになりました。その頃から自信が出てきて、剣道が楽しくなってきたんです。

さらに、4年生の時に5つ上の先輩が全国優勝し地元に優勝旗を持ってきました。「僕が通ってる道場は日本一強いんだ」って思ったらもっと剣道が楽しくなってきて。「僕も絶対、日本一になったろ」と決意したのが小学校4年生の8月でした。

──小学校の頃から日本一を目指してたんですね。

ええ、そして個人戦は全国大会で準決勝までいきました。準決勝まで順調に勝ち進み、正直調子も悪くなかったんです。「このまま、いける」そう思いました。

でも、準決勝で対戦した福岡の鍋山隆弘選手に完敗しました。しかも、午後からの団体戦の一回戦でも鍋山選手が所属するチームと対戦し、また負けているんです。夢を打ち砕かれるには充分な敗北でした。

でも、僕はあの時負けて良かったと思っているんですよ。剣道で頂点を目指すことは諦めたけど、その負けがなかったら、予備校講師としての僕はいまここにいません。

しかもこの話には続きがあって、大人になってから鍋山選手と再会しているんです。彼はその後も剣道の道を極めて、現在は筑波大学の准教授と剣道部監督を務めています。一緒に福島県にボランティアに行ったり、つい先日は代々木ゼミナールのYouTubeチャンネルで対談もしました。

人生って、本当に何が起こるかわかりません。学生時代に自分の夢を打ち砕いたやつが、大人になってから親友になって、しかも彼のおかげで仲間がどんどん増えて、幸せを運んでくれている

だから、学生たちには「人生何があるかわからないよ」って話をしてるんです。「今年も東大落ちても、もしかしたらそれがきっかけで総理大臣になれるかもしれないぜ」って。でもそう話すと「総理大臣とか高望みはしないんで、東大に入れてください」と返されるんですけどね(笑)

自分に向いてるのは、「教える仕事」

──日本一の夢は砕かれたものの、高校でも剣道は続けているんですよね。

ええ、岡山一宮高等学校に進学しました。当時、岡山は変わった進学形式だったんです。5つある市内の普通科高校の、どこに通えるかわからないんですよ。合格者が割り振られる形式で、僕はたまたま岡山一宮に進学しました。

でも、剣道部員はたくさんいて楽しかったですね。みんな自由なスタンスでやりたいようにやってました。同学年とも仲が良くて、僕らが高校2年生の時に県でベスト4になりましたよ。準決勝で倉敷高校に負けたんですよね。僕が勝てば、何とかなった試合だったんですけど…。

東京大学に進学してからも、運動会剣道部(体育会剣道部)で剣道を続けて、師範の紹介でカナダに留学して向こうで剣道した経験もあります。

──大学に進学なさってから、すぐに予備校講師を目指されたんですか?

当時は景気もよかったし、東大の卒業生は官僚になったり、大手企業に就職して出世を目指す流れがありました。なので、せっかく教育学を勉強していたのに、その流れに乗って銀行に就職したんです。でも、全く向いてないなと感じて辞めました。

僕は学生結婚で当時子供もいたので、家族も養わないといけない。「自分に向いてる仕事、自分にできそうな仕事って何なんだろう?」と考えた時に、やっぱり人に教える仕事かなと、思ったんです。限られた選択肢の一つが予備校講師だった訳です。

──向いてるって思ったのはなぜですか?

剣道でもそうだったんですけど、教えるのが好きなんですよね。ネガティブな反応も含めて、相手の反応を見ながら駆け引きをするのが好きなんです。生徒たちは、僕の教え方がダメだと「わからない」って顔をするし、うまく伝えられたら「おぉ!」って顔をするし。

あんまり教えすぎても相手は頭を使って考えなくなります。教えることと、自分の頭を使って問題解決させるバランス…駆け引きしている感じが、今も昔も楽しいですね。

あとは、現代文を「つまらない」って思っていた子が面白さを感じてやり始めるとか。

──何かを「面白い」って感じさせるのはすごいことですね。

やらされてる感が出るとたちまち面白く無くなるんですよ。だから。させるんじゃなくて、「するようにさせる」って感じですね。

コロナが終息するまで、毎日素振り

──お忙しいとは思いますが、剣道はどれくらいの頻度でやられてますか?

全然やってないですね。3年で2回、2021年は1回だけです。でも、昨年の4月9日から毎日素振りはしています。冗談半分で「コロナが収束するまでやります!」って宣言して、正直「1・2ヶ月で終わるやろ」と思ってたら、なかなか収束しない(笑)

しかも、昨年の秋口くらいまで「週に1日、福岡に泊まる日は休み」と決めてたんですけど、先輩がFacebookを見て組み立て式の竹刀を送ってきてくださって、毎日できるようになりました(笑)そこからは、1日も休んでいません。

本数はその日によって違って、10本だけの日もあります。でも、毎日振ってるとヘタなおじさんなりにではありますが上手くなりますよ!

──継続は力なりですね。現代文の本質だけではなく、テクニックの話も聞けて大変勉強になりました。また、夢を打ち砕いた相手と大人になってから再会し、親友になったと言うお話も素敵です。本日はどうもありがとうございました。

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