銀座駅、有楽町駅、新橋駅からそれぞれ徒歩5分。線路沿いのビルの階段を下ると「殊衆(しゅしゅ)」の看板が目に飛び込んできます。
店主の佐藤則子さんは子供の頃から強豪道場・強豪校で剣道の稽古を積み、憧れの国士舘大学に進学しました。しかし、大学入学後、罹った患者のうち2%しか完治しない難病が発症してしまいます。
インタビューでは、剣道を始めた幼少期のお話や、病気、仕事、そして自分の城である「殊衆」に込めた想いについて伺いました。そのお話からは、どんな環境も人間も受け入れ、今を精一杯楽しむ方法を模索してきた佐藤さんの器の大きさを感じずにはいられません。
佐藤さんの人柄が体現された「殊衆」には、包まれるような温かさがあります。剣道関係者もそうでない方も、広く色々な方をつなぐ「ホーム」です。お店に込めた想いや佐藤さんの人生観についてお話を伺いました。
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プロフィール
佐藤則子(さとう・のりこ)
1970年東京生まれ。桜美林学園高等学校を卒業後、国士舘大学に進学。在学中に難病を患い退学後、アパレル企業に就職、34才の時に殊衆を開業し現在に至る。
剣道は小学校2年生の時に始め、小中高と継続。大学退学と同時に中断し、46歳で再開。現在は京橋剣友会に所属。段位は四段。
銀座の一等地で、手間を惜しまない「家めし」を提供
──まず、現在のお仕事について教えてください。
新橋で居酒屋「家めし殊衆(しゅしゅ)」を営んでいます。手間を惜しまない家庭料理を提供しています。

──お料理、美味しいです。私、最近までオランダにいて日本の料理を食べる機会がなかったので、懐かしいし、なんだか心に沁みます。まさに「家めし」ですね。
ありがとうございます。お料理を作るときは、手間を惜しまないことを心がけています。例えば、出汁をちゃんと取ること、お通しでもできあいのものを出さず、自分が調理したものだけ出すこと。

水は、母が神奈川の秦野まで湧き水を汲みに行っているんです。ドライブで秦野に行った時に「ここの水、美味しいね」と何気なく言ったら、お店の成功を願って汲みに行ってくれるようになって……。水割りやお茶だけでなく、料理全般にこの湧き水を使っています。







一人で来ても誰かしらに出会えて、リラックスした楽しい時間を過ごしていただくことを目指しています。メニューはあるのですが、お任せいただいて提供することが多いですね。
──お店の雰囲気も素敵です。店内の小物ひとつひとつに、佐藤さんのお人柄が表れているように感じます。
カウンターに飾ってあるガラス細工は、剣道の友人の作品です。ガラス職人なんですよ。お料理を出す器や花器も、彼の作品を使わせていただいています。

──先ほどいただいたお料理も、美しい器が美味しさを引き立てていると感じました。同じくカウンターにある『千と千尋の神隠し』の人形も可愛いですね。
これは硬貨を置くと「かおなし」が飲み込む貯金箱なんです。お客さんが酔って硬貨をたくさん入れてくださって、たまに満タンになります(笑)

──お客さんは剣道関係者の方が多いのでしょうか?
それが、Facebookを始めるまでは剣道関係の方々とは交流がなかったんです。今でこそ色々な方が来店して宣伝してくださっていますが、剣道も大学を中退してからずっとやってなくて、46歳で再開しました。

女の子らしい習い事をしたかった子供時代
──佐藤さんの剣道歴について伺ってもいいでしょうか?
剣道は、小学校2年生の時に始めました。レースとかフリルとか、可愛いものが大好きで、本当はクラシックバレエの教室に通いたかったんです。でも、恥ずかしくて言えなくて。やっとのことで言えたのが「習い事をしたい」でした。「何をやりたいの?」って聞かれたら、「バレエ!」と答える作戦だったんです。
でも「何を習いたいの?」ではなく「空手と剣道どっちがいい?」と聞かれました(笑)まさかの二択です。バレエをやりたいとは、ますます言えなくて、「空手より剣道の方がまだ女の子っぽいかな…」と剣道を選びました。

お店のトイレは思いっきり可愛くしています。
しかも、所属したのはとても厳しい剣道道場でした。中学2年生の時に機動隊の朝稽古に参加する機会があったのですが「私、中学2年生の女の子なのにな…機動隊の稽古についていけるかな…」と心配していたら、慣れ親しんだ道場と同じ稽古メニューでした(笑)
父も厳しく、試合に負けると怒られるし、「女の子は男の子と同じことしてたら強くなれない」と、朝5時に起こされ毎日2〜3km走らされていました。
──すごいですね(笑)でも、心折れず剣道を続けて名門高校に進学なさったんですよね。
高校は、桜美林学園高等学校に進学しました。先輩方がすごく強くて、私が入学する前年にインターハイで準優勝なさっていました。高校3年間は、剣道が嫌いだったかもしれません。「インターハイにいくのが当然」と、常に大きなプレッシャーを感じていました。そんな中にいると、なんのために剣道をしているのか、わからなくなってしまうんです。

しかも、上下関係がめちゃくちゃ厳しかった。16歳にして「世の中には理不尽がある」と強く認識しました(笑)私はその後、縁あって国士舘大学に進学したのですが、桜美林が厳しかったお陰で大学では上下関係で辛いこともなく、剣道に打ち込むことができました。

──女子の上下関係って、男子とはまた違った大変さがありそうですね。ちなみに、なぜ国士舘大学に進学なさったのですか?
道場の先生が国士舘の先生と仲がよく、小さい頃から「国士舘においで」と言っていただいていたんです。剣道も綺麗で、憧れていました。「剣道を続けるなら、国士舘だ」と思っていたんです。
2%の人しか完治しない難病を患い、剣道を中断
──では大学時代も、剣道に打ち込まれたのですか?
いえ、大学に入学して2ヶ月くらいで、難病の多発性硬化症を患ってしまいました。身体が麻痺してしまう病気で、この病気になった人うち、たった2%しか完治しないんです。
剣道をやるために国士舘大学に入学し、体育学部に所属していたのですが、とても剣道ができる状況ではなく、学部を転部するのも違う気がして…退学の道を選び、リハビリを始めました。
──でも2%の数字を乗り越えるなんて、きっと佐藤さんは何かに護られているんですね。リハビリを経て何歳の頃から働き始めたのですか?
21歳くらいからですね。レリアンというアパレルブランドの販売をしていました。23歳で子供が産まれ、その頃は昼も夜も必死で働きました。
殊衆を開業したのは、34歳の時です。組織にいると、稟議をあげて長いプロセスを経て承認を取らないといけない。でも自営業であれば、自分の自由にできます。その代わりお金の苦労はありますが、私には自営の方が向いていると感じるんです。

先輩の悪魔の囁き(?)に導かれ、剣道を再開
──剣道は2017年ごろ再開なさったんですよね。どういう経緯があったんですか?
「剣道を再開しないか」と声をかけていただくことは多かったのですが、一旦始めるとのめり込む自分の姿が容易に想像できました。ブランクも長いし、まだ左足に麻痺も残っています。そんな自分に焦り、稽古をしすぎてしまうのではと不安に思っていたんです。
でもある日、桜美林に進学するきっかけを作ってくださった先輩が、お店に飲みに来てくれて、その時、大人から剣道を始めた女性もお店にいました。先輩が彼女を消防庁の剣道部の稽古に誘って、彼女も「ぜひ行きたいです!」と盛り上がっていたんです。
先輩は、バリバリ剣道をやってきた女性で国際武道大学の一期生。
「しょ、初心者の女性を消防庁の稽古に誘っている…」
と心配していたら、先輩に「まさか彼女を一人で来させないよね?」と囁かれました(笑)
いきなり消防庁の稽古に参加するわけにはいかないので、京橋剣友会に出稽古に行って27年ぶりに剣道を再開しました。
そして消防庁の稽古に参加した時に、先輩に西陣織で作られたような美しい竹刀袋を渡され、「この竹刀を使いなさい」と言っていただきました。稽古が終わって返そうとしたら
「差し上げるわ」と。
竹刀袋の中にはカーボン竹刀も入っていました。立派な竹刀袋と、滅多に折れないカーボン竹刀を先輩にいただき、やめられなくなりました(笑)

それ以来、週1〜2回のペースで稽古を続けています。嬉しかったのは、剣道とは全く関係ない常連さんたちが、私のリバ剣を喜んでくれたこと。「笑顔が良くなった」「明るくなった」「生き生きしてる」と言っていただき、試合を観に来てくれた方もいます。
ただ、「剣道のお稽古があるでしょ」と気を遣っていただいて、土日の飲みに誘われなくなってしまったのは少し寂しいですね。所属道場は、置き防具可能でシャワーもあるので全然大丈夫なのですが…(笑)

殊衆の「殊」は「特別」の意。お店に来る誰もが特別で、尊い存在
──今後の展望について伺ってもいいですか?
これまで殊衆を経営してきて、リーマンショック、震災…色々なことがありました。お客さんが増えたと思っても、外部要因で客足が途絶えてしまったり、常連さんが転勤になってしまったり。
でも「店は子育て」です。17歳の思春期の子供を抱えているようなものですね。今はコロナという風邪に罹ってしまったんだと考えてます。
子育てと同じで大変なこともあるけれど、暗くなってたら良くない「気」が集まってきてしまいます。だから、できるだけ明るく、辛い話でも面白おかしく笑い話にしていくような強さを持っていたいですね。

──最後に、店名の由来を教えていただけますか?
「殊更」という言葉には「特別」という意味があります。みんな自分のことを「普通だ」と言うけど、そんなことはない。みんながみんな、誰かの「特別」なんです。
大好きな漢字の「殊」に、大衆の「衆」をつけることで人々が集まる居酒屋をイメージしました。
殊衆に来る皆さんが、自分は特別で尊い存在なんだと、心温まるようなお店にしていこうと思ってます。表向きは、「特殊で変な人が集まるお店」って言ってるんですけどね(笑)
──お店に入ったときに、佐藤さんの優しさや人柄にふんわりと包まれているような、安心感を感じました。きっと、殊衆に込めた想いが色々なところに現れてるんだと思います。本日はどうもありがとうございました!
「家めし 殊衆」で呑みたい方は…
殊衆はJR有楽町駅、東京メトロ銀座駅B9出口からそれぞれ徒歩5分の場所にあります。
仕事帰りに家めしに癒されたい方は、ぜひご予約をお願いします!
個人会員 特典 | ワンドリンク無料サービス!! |
住所 | 〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目2-15 明興ビル B1F |
電話 | 03-3289-5227 |
営業日 | 月~金、祝前日: 11:30~14:00 (料理L.O. 14:00 ドリンクL.O. 14:00) 17:30~22:00 (料理L.O. 21:30 ドリンクL.O. 21:30) |
定休日 | 土、日、祝日 |