幼い頃、魚屋の大将から学んだ「お金の哲学」が原体験。さまざまな挑戦を経て、大阪で人気焼肉店を経営(川原 清多 / 株式会社 熱烈フードサービス代表取締役)

自身の価値観を揺さぶられるような、強烈な出会いを経験したことはありますか?

熱烈フードサービス代表取締役の川原さんにとって、その出会いは小学生の頃でした。ある魚屋の大将との出会いが、お金に対する見方を変え、「商売人になりたい」と強い憧れを抱きます。

実家の魚屋さんからスタートし、ラーメン、カレーうどん、焼肉、漫画喫茶…最大で11店舗ものお店を経営してきた川原さん。商売人としてのスピリットはどのように育まれたのでしょう?お客さんを惹きつけるお店の作り方や、事業継承の考え方、忘れられない剣道の思い出も伺いました。

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プロフィール

川原  清多(かわはら きよかず)
1971年、大阪生まれ大阪育ち。上宮高等学校を卒業後、近畿大学に進学。卒業後、魚屋やラーメン屋勤務を経て独立。ラーメン、カレーうどん、焼肉、焼き鳥などさまざまな飲食店を展開。現在、株式会社 熱烈フードサービス代表取締役。

剣道は小学校の時に始め、中・高・大と継続。高校時にはインターハイ予選ベスト4、大学では体育会剣道部に所属し主務を務める。現在は鑽己会と平六会に所属。剣道四段。

大阪で焼肉屋とカレーうどん屋を経営

──事業内容について教えてください。

飲食店経営をしています。現在運営しているのは、『ホルモンたろちゃん大正橋店』、『名物カレーうどん得正 大淀店』の2店舗です。

大正駅から徒歩1分と抜群の立地

『ホルモンたろちゃん大正橋店』は大正駅から徒歩1分。京セラドーム大阪も近いので、イベントやお仕事帰りのお客様によくご利用いただいています。

和牛ロース(A4クラス)、和牛バラ(A4)、国産ハラミ、国産タンなど、国産和牛の『焼肉』をお求めやすい価格で提供しており、宴会にご利用いただくことも多いですね。

『名物カレーうどん得正 大淀店』は、JR福島駅から徒歩10分、JR大阪駅から徒歩15分のところにあります。もっちり麺と熟成カレーを組み合わせた特製カレーうどんが特徴です。

商売人のマインドを形作った原体験

──昔から飲食店を経営したいと考えていらしたのですか?

僕は中学生・高校生くらいから、いつか自分で商売をしたいと考えてたんです。子供の頃は居酒屋をやりたいと考えていました。

──子供の頃に「居酒屋になりたい」と考えるのは珍しいですね。

うち、実家が魚屋なんですよ。対面販売の昔ながらの魚屋。

兄が家業を継ぐと言ってたので、僕が居酒屋をやれば自分の商売をしながら実家の魚の宣伝もできるじゃないですか。実家から仕入れた鮮度の高い美味しい魚で料理して「これ、川原の魚なんですよ」って言うんです。

だから本当は高校も商業高校に行きたかったのですが「高校で将来を決めるのはまだ早い。学校は行けるだけ行っておけ」と父に言われて進学しました。

──中学生の頃から起業を考えていたんですね。

はい、自営業だった父の影響もありますが、もう一つ忘れられない出来事があります。

毎年、年末年始に父はある魚屋の大将のところに挨拶に行くんです。大将は弟子たちを一列に並べて、一万円札をブワーッと配ります。30人くらいその場にいたのですが、子供心に衝撃を受けました。

当時、金利は6〜8%。「3000万円あれば、何もしなくても金利で毎月18〜24万円はお金が増える」と、大人たちの会話を聞いて、子供ながらに「3000万貯めるにはどうしたらいいかな」と考えました。

「サラリーマンとして働いて、3000万円は貯まるのか?……ちょっとしんどいかもしれない。そうなると、自分で商売せなあかん。でも、なんでみんな商売せんのやろ?……おそらく、『リスクがある』って考えてるからや。でも、リスクってなんや?もし商売始めて、あかんなったらどうすんのや?」

こういった具合に、「どうやったらできるか」をどんどん考えていきました。

──信じられないくらいインパクトのある出会いを経験して、思考回路が根本的に変わってしまったんですね。

人間そういう出来事があると、変わるよ。「そのやり方でできるんや。できるんやったらやってみよう」っていう変わり方かな。

──身近な人が実行している様を見て「自分にもできるかも」ってポジティブに捉えたんですね。

ええ、そんな感じです。僕はずっと、その大将の考え方がベースになって生きてます。でも、株も博打もせえへんし、自分ができる範囲でやってますよ。

商売人を目指しながら、剣道にも打ち込んだ青春時代

──商売人としてのマインドも育てながら、剣道もバリバリやってらしたんですよね?何歳から始めたのですか?

小学校3年生です。もともと、兄が剣道を習いに行くことになっていたのですが、直前に「行かない」と言い出したんです。それで代わりに弟の僕が行くことになりました(笑)近所の花屋の息子も誘って、魚屋と花屋の息子二人で始めました。

小学校の頃は八港剣友会(はっこうけんゆうかい)に所属して、中学校は剣道部がなかったので水泳部に入り、道場にも継続して通っていました。

──高校は、強豪校に一般枠で入学してレギュラーだったと伺いました。

高校は上宮高等学校に進学したのですが、3年生の時のインターハイ予選は、初芝高校(現・初芝立命館高等学校)に負けてベスト4、玉竜旗は次鋒で出させてもらって、ベスト32で負けました。

玉竜旗に出場した際の写真

僕らの先生は昭和18年生まれで、当時45歳。稽古でレギュラー7人の元立ちを2時間するんですけど、立ち切りで負けないんです。バッコンバッコン打たれる。

「なんで2時間もできるん」と当時は戦慄してました。めちゃくちゃ身体動くんです。高校生の僕らをボコボコにして、タバコ吸うて休憩して戻ってくるんです。呼吸が苦しくなるタバコ吸うて戻ってくるんですよ?(笑)

──すごいですね(笑)大学は推薦ですか?

勉強でいくか、スポーツ推薦でいくか迷いましたが、最終的に近畿大学にスポーツ推薦をいただいて進学しました。2年の時に全日本学生の団体に出していただいて、4年の時に大阪学生剣道優勝大会で優勝しました。大学4年生の時には主務をやってましたね。

──忘れられない思い出があったら教えてください。

大学時代に恩師の福田原治先生にいただいた言葉です。

「商売する時は自分が大卒だということは忘れろよ。お客さんにとっては、近大も剣道も関係ない。プライドを捨ててやらないと、商売はうまく行かへんで」

大学では色々な授業を受けましたが、先生のその言葉が一番心に残っているかもしれません。

大学剣道部の下田衛監督には、「三感王」という言葉を教えていただきました。三冠王にかけた言葉で、感動・感謝・感激の3つの意味を込めています。例えば、お嫁さんと一緒に何か食べる時に「これ美味しそうやなあ」と感動し、「ありがとう」と感謝する。「すごい」とか「わあ面白いなあ」とか、感激した気持ちを素直に伝えることで、コミュニケーションをより良いものにします。

こう考えると、剣道を通して学んだことは多いです。自分にとって、剣道は「師」かな。いろんなことを教えてもらいました。

魚屋からスタートし、ラーメン、カレーうどん…最大で11店舗を展開

──独立の経緯について教えてください。

大学卒業したら、丁稚奉公みたいな形で杭瀬の魚屋さんに就職しました。当時、年商3億円くらい売っとったかな。対面販売で1日100万売っとった(笑)

──すごいですね!年商3億円の魚屋さん…。

商店街にある魚屋さんで、7〜8割は一般のお客さん。当時はスーパーもなくて市場が流行ってたから、めちゃくちゃ魚売りましたよ。朝4時半に起きて5時に中央市場に仕入れに行って…みたいな生活を2年くらいしましたね。その後、実家に戻りました。

実家の魚屋では1年ほど働いて、市場で出会った嫁さんと結婚しました。嫁さんは杭瀬の喫茶店の娘で、義理の父はちょうどその頃、商売替えを考えていたんです。「結婚するんだったら喫茶店とは違う商売をやってみろ」と、嫁さんの実家に出資してもらって2人で『ラーメン工房あ』を始めました。

30歳くらいの時に、熱烈フードサービスとして『熱烈軒らーめん』を弁天町にオープンしたのですが、店を始めて2・3ヶ月した頃に、あるおじさんと出会ったんです。

おじさんは「にーちゃん、ラーメン美味かったわ。わしのこと知っとるか?得正いうねん」と名乗りました。得正は有名なカレーうどんのお店です。

「知ってます。カレーうどんですよね」

「それやそれ、俺が作っとんねん。このあたりにカレーうどんの一号店を出したい。お前やらんか?」とか言われて(笑)

「せっかくのお話ですが、僕にはこの店があるので……」と、その場ではお断りしたのですが、結論から言うと、それから3・4ヶ月後に得正のお店を出すことになりました。

得正の次に出したお店が『江戸堀上等カレー 北店』。2・3年前に閉めてしまいましたが、18年くらい続けました。4軒目はうどん屋さん。一番多い時で11軒の店を持っていました。

コンセプトを明確にして、お客さんを大切に。予約してでも行きたい店になる

──仕事をする上で、どんなことを大切にしていますか?

第一は、お客さんを大切にすること。うちは一階がカウンターになってて、一人で来るお客さんも少なくありません。なかには、毎日来てくださるお客さんもいます。うちは嫁さんと大学生の息子も店に出ててるのですが、常連さんは僕だけではなく僕の家族のことも好いてくれてるし、毎日いろんな人を連れてきてくださいます。

お客さんに支えられて僕らの商売は成り立ってます。だから、どうやったら皆さんに喜んでいただけるかを常に考えています。わざわざうちのお店でご飯食べてくださるんやから、満たされるもんがないとだめでしょう。

お客さんにお店を気に入ってもらって、「美味しい」って味にも料金にも満足してもらうこと。そして、熱烈なファンになってもらえることを目指しています。

──経営者として心がけていることはありますか?

どんなビジネスも、まずは人。飲食店は特に、人が良ければお客さんは来てくれます。でも、いい人はたいてい独立してしまう。商売してみて儲かるってわかったら当然、「独立します」ってなるじゃないですか。そこをどれだけうちの店でやってもらえるか考えるのが、経営ですね。

僕は基本的に地に足ついた商売しかやってないんです。うどん屋、カレー屋、ラーメン屋、焼きそば、焼肉、焼き鳥…漫画喫茶もやったことあるけど、結局は「この場所では、何を売れるのか?」を見極めないといけない。何を売るのか明確じゃないとお客さんは来ません。

モノを売るか、サービスを売るか、雰囲気を売るか、価格で勝負するか……。モノを売るにしても焼肉なのか、焼き鳥なのか。電車に乗ってわざわざ来てもらうんだから、コンセプトを明確にして尖らせて、予約してでも行きたい店にならなきゃいけないんです。

10年を目処に事業継承。自身の経験を次の代に伝えたい

──今後の展望について教えてください。

10年くらいを目処に事業継承を考えています。

息子が30歳、もしくは結婚して第一子が産まれたら、その日にでも引き継ぎたいですね。30歳も子供が生まれるのも一つの節目です。特に子供が生まれたら、自分だけではなく家族の人生も背負わなければならない。スイッチを入れるという意味でも、節目で事業を引き継ぎたいです。

──事業継承の計画を今からしっかり立てられているんですね。

息子が就職活動をするときに、「熱烈フードサービスに入社したい」と言ってくれたことがきっかけです。

息子は、ええとこも悪いとこも、ずーっと僕の商売を見てきました。そんな息子が「継ぎたい」と言ってくれたのは素直に嬉しかったですね。高校も大学も僕と同じで、剣道部にも所属してきたので、僕の背中を見て少なからず「面白そうだ」と感じてくれたんだと思います。

息子は現在大学生ですが、うちの店で働いて払った給料は一部をのぞき全て貯金させています。今は、お金を貯める大切さを学んで欲しいんです。それに元手になる資金があればそれを増やしていけます。

──川原さんが幼い頃から育んできた、お金の哲学も伝えているんですね。剣道に関しては何かありますか?

最近はなかなかできないですけど、コロナ以前は月2くらいのペースでやってました。

剣道って、プロがないじゃないですか。アマチュア競技で純粋に剣道好きな人が集まっている。剣道仲間で繋がると楽しいし、精神的な面でもすごく助けてもらっています。

剣友たちはよくお店を利用してくれるので本当に有難いです。これからも笑顔を第一に頑張りますので、ぜひ気軽にお店に遊びに来ていただきたいです。

──川原さんの笑顔を見ると、包み込まれているような安心感があります(笑)お店に人が集まるのも納得です。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!

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住所〒551-0001
大阪府大阪市大正区三軒家西1丁目9−23
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